第82話 笑いません
家に帰ってさ、二人で軽めの夕食をとったんだ。なんやかんやで疲れたし、神崎さんも「簡単なものでいいですか?」なんて言ってさ。その癖、海老とあさりのバジルクリームスパゲティなんてものを作ってんだけどさ。これを簡単だと言い切る神崎さんて、ほんと凄いよ何者なんだよ。
で、今は例の『知恵の餅』を食べ比べしてるとこなのよ。神崎さんが淹れてくれた美味しい緑茶を飲みながらさ、あーだこーだ言いながら。
「これ、餡子の色は濃いけどアッサリ系だね」
「お餅も一番柔らかい気がしますね」
「こっちはお餅ちょっと堅め」
「でも小豆の味がしっかりしてますよ」
「こっちは餡子の色は薄いけど一番甘い気がする」
「そうですね、一番甘い。お茶のおかわりは如何です?」
「あ、貰う。ありがと」
「もう一軒は包装紙の色が際立って違いますね」
「うん、みんなオレンジ色なのにここだけ紺色だね」
「どれもそれぞれに美味しいですね」
「うん、甘いのもあっさりも、堅めも柔らかめもみんな美味しい」
「本当に全部食べられますか?」
「とーぜん! 今日はダイエットの事は忘れましょうって言ったの、神崎さんだもん」
お茶のおかわりを淹れながら、ふと神崎さんがボソッと言ったんだよ。
「山田さん、小さい頃からその体型でした?」
「ほえ?」
「大きくなってから体型変わったんじゃありませんか?」
鋭い。
「なんで?」
「気を悪くしたらすみません。何と言いますか……『投げてる』気がしたもので」
「何を?」
「自分をです。失礼ですが、山田さん本当はもっとお綺麗だと思うんですよ。なのに、ダイエットしなきゃと言いながらも僕が許せばいくらでも食べてしまう、自らを『カバ』と言う事でネタにしながらそこに甘んじている、実はダイエットをするつもりは無い。違いますか?」
「う……」
その通りだよ。言語化されるとキツく響くな。
「山田さん、性格も可愛いし、素材もいい。岩田君はあなたの魅力を見抜いています。それは彼が本当に素直な青年だからだ。彼の真っ直ぐな心があなたの本質を見ているんです」
えーと、こういう場合はあたしはなんて返したらいいんだろう。
「僕は太っている女性も魅力的だとは思いますが、あなたは最初は太っていなかった。太る要因があった筈ですよね。それを僕が訊いてはいけませんか?」
「え……あ……」
「勿論僕があなたにそれを尋ねる権利などありませんから、話していただかなくても結構です。ですが僕は岩田君同様、あなたに魅力を見出した人間の一人として訊きたいんです」
ん? 今、聞き捨てならん事を言われたような気がする。気のせいか?
「あの……さ。すっごくつまんない事だよ? それでも聞く?」
「あなたにはつまらない事かも知れませんが、僕にもつまらないかどうかは聞いてみないとわかりませんよ」
そーゆーとは思ったけどさ。でもカッコ悪いし……。神崎さんならいいか。うーん、神崎さんだからこそ言いたくないような気もする。でもきっと神崎さんにしか言えない。
「あの……笑わない?」
「笑いません。誓います」
こんなに真剣な神崎さんの顔、初めて見たよ。いつも真面目な顔してるけどさ、いつにも増して……。
「じゃあ、聞いて。ほんとつまんないけど」
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