第79話 キス、大好き
飛龍観側に戻ってきたあたしたちは、ちょっと落ち着いた感じのお店に入ったんだよ。家族連れは殆どいなくて、年配のご夫婦とかあたしらくらいのちょっと薹の立ったカップルみたいなのばっかり。だからすんごく落ち着ける。
そんでね、今あたしの目の前にあるお昼ご飯が凄いの。美味しそうなの。いろんなのが小っちゃいお皿にちょこちょことあるの。色も綺麗でさ、目移りしちゃうの! どれから食べよう~~~!
「ねー神崎さん。これ、ばら寿司って言ってたけど、ちらし寿司と違うの?」
「ああ、これですか。微妙に違うらしいですね。ちらし寿司は基本的に酢飯の上に具を散らすんですが、ばら寿司は具を酢飯に混ぜ込んで、更に上にも盛り付けるらしいですよ。僕もあまり気にしたことはありませんが」
「これ鯖のそぼろだよ? おいひ~!」
「胡麻豆腐も美味しいですよ。僕は胡麻豆腐が大好物なんです」
「地味なもんが好きなんだね」
「僕は和食派なものですから」
「だからお料理も和食が上手なんだね」
「ありがとうございます。山田さん、洋食の方がお好きですか?」
「どっちも好き。中華も。神崎さんの和食、最高に好き」
「それは最上級の褒め言葉ですよ」
神崎さんが照れくさそうにしながら胡麻豆腐を口に運んでんだよ。なんか可愛いんだよ。
あ、そう言えば、今日初めて向かい合って座ってるかも。いつもはこうして食べてるのに、今日はなんだかずっと隣だったな。こうして正面から見るとやっぱイケメンだな。なんか腹立つくらいイケてるわ。
濃紺のシャツも似合うな。今日は第一ボタン開けてるし。こうなるとちょっとワイルドな感じだな。てかさ、今日の神崎さんて、ワイルドで子供っぽくてそのくせ王子さまで、いつもとなんか違うよ。性格も変わっちゃってるよ。新しい一面とか見せつけられるとドキドキするよ。てか何ドキドキしてんだあたし。
「あ、これもしかして宮津のトリ貝ってやつ?」
「この大きさはそうですね。冬場なら
「何それ」
「松葉蟹ですよ。福井の方へ行くと越前蟹と呼ばれます。日本海は魚が美味しいですからね。あ、この天ぷら、鱚ですね」
「キス?」
あ、いかん。さっきの砂嵐思い出した。忘れろ。だけどあんな風にぎゅーって……。あんな風に顔近づけられたら、やっぱさ……。
あ~いかんいかん、忘れろ! と思ったらタイタニック思い出しちゃったよ。あーもう! 神崎さん、人をからかって! あーくそ、癇に障るわ! しばいたろーか。
「美味しいですよ、鱚」
「あたしも鱚大好き」
ん~、変な事思いだした後だと、この台詞に違和感が。……考えすぎ!
「たっ、鯛も大好き」
「筍と蕗の煮物も美味しいですよ。ああ、好きだな、こういうの。これは生麩だ」
「ねえ、ご飯食べたらどこ行く?」
「さっきの智恩寺に行きませんか?」
「三人寄れば文殊の知恵?」
「それです」
「うん、行こう。あたしちょっと知恵付けた方がいいし」
「知恵熱が出ませんか?」
「ねーマジで宮津湾に沈みたいかな?」
「今の発言は忘れて下さい」
なんか今日、何度も心の声をリアルに声に出してる気がする……。
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