第80話 黒ちくわ

 でさ。なんかさ……また、その、手を繋いでるんだ。ほら、人が多いからねっ。言っとくけど、あたしから手ぇ繋いだんじゃないから! 神崎さんが問答無用であたしの手を取ったりした訳でさ、あたしじゃないからっ。つーかイマイチ慣れらんないんだよね。ドキドキするっつーか。


 それでだ、今は智恩寺にいるわけでさ。でっかい山門くぐると、お地蔵さんがいたり、何かの塔があったりしてさ。狛犬さんとか灯篭とかがあってフツーのお寺さん? 本堂の前にあるあたしでも入れそうなでっかい香立てにお線香立ててさ。

 境内の松の木にたくさんの小っちゃい扇子がぶら下がってんのよ。何かと思ったら、おみくじなんだよ。凶とかメッチャぶら下がってんだよ。でもさ、扇子が可愛いんだよ。何気なくあたしが手に取って眺めてたら神崎さんが「おみくじ引きますか?」って恐ろしいこと言うんだよ。


「あたし凶なんて出たらムチャクチャ凹むから、おみくじやんない主義なの」

「これは奇遇ですね。実は僕もなんですよ。こう見えて僕は気が小さいんです」

「そうなの? 怖いもんなんて無いのかと思ってたよ」

「冗談は止して下さい。僕はとても人には言えないようなものが怖いんです」

「えー、何よ、教えてよー」

「とんでもない。口にするのも恐ろしい。無理ですよ、言えません」

「幽霊とか?」

「幽霊なんてただの霊魂じゃないですか。元はと言えば人間です」

「人魂とか?」

「電磁波の交差によって発生したプラズマでしかありません」

「えー? 何ー?」

「さ、行きましょう。今の発言は忘れて下さい。あ、知恵のお守りがありますよ」


 なんやかんやで智恩寺の「知恵守り」もちゃんと買って、再び山門を出たところで神崎さんが「さて」とかってなんか張り切ってんのよ。


「ハシゴしますか」

「知恵の餅?」

「ふふふ……それですよ」

「嬉しそうだね、神崎さん」

「あ、そう言えば、あさりご飯食べませんでしたね」

「あああ~! 山田花子とんだ不覚! あさりご飯!」


 その時、神崎さんがニヤリと不敵な笑みを見せたんだよ。


「いいこと教えてあげましょうか」

「何よ」

「このお餅屋さん、あさりコロッケバーガーなるものがあるんですよ」

「買う!」


 ……てんで、最初のお店で知恵の餅とあさりコロッケバーガー買ったのよ。勿論あたしは食べながら歩いてさ。神崎さんは上機嫌で次々ハシゴしながら知恵の餅をゲットしてんのよ。そんで最後に名物黒ちくわを2本ゲットして、満足そうにしてるの。新しいオモチャを手に入れた子供みたいなの。

 それであたしが「どうしてももう一度廻旋橋が見たい」ってダダこねて、今度は黒ちくわを齧りながら二人でブラブラ歩いたのよ。その間もずっと神崎さんは手を離さなくってさ。右手あたしと手を繋いでるのに、左手には4軒分の知恵の餅をぶら下げながら黒ちくわ齧ってんの。なんか神崎さん、歩きながら食べるってイメージが無いでしょ。きちんと座っていただきますって手を合わせて、お行儀よくご飯食べるイメージしか無いから、凄い新鮮。

 で、廻旋橋渡ったとこでちょっと我儘言ってみることにしたんだよ。


「ねー、もう一度砂浜行っていい?」

「ええ、いいですよ。実は僕ももう一度行きたかったんです」

「良かったぁ。貝殻もう一遍見たかったんだ」

「僕もです。京丹波や東京ではなかなか見かけることはできませんからね。あ、そうだ。今度はクラゲの橋の方に行かずに、右の砂州に行ってみませんか?あっちは殆ど人が行っていないようでしたから、貝殻もたくさんあると思いますよ」

「そうしよ!」


 って運河沿いの方に行ってみたんだ。神崎さんの読み通り、人が殆ど居なくてほぼ貸切状態。こっちは砂浜と松林オンリーで、自転車で来るのは無理なんだよね。だから人が来ないらしい。貝殻もいっぱい落ちてる。

 ……でもなんか、二人っきり感ハンパ無いんだけど。


「ねー凄いよ、巻貝がいっぱい! 芯だけじゃなくてちゃんと形残ってるよ」

「気に入った形の物を拾って行って、アクセサリーに加工するのは如何です?」

「何それ、そんな事できんの?」

「簡単ですよ。僕が作ってあげましょうか? 10分もかかりませんよ」

「ほんと? じゃあ本気で探す!」


 あたしがマジになって探し始めたらさ、神崎さんが後ろでボソッと呟くのが聞こえたんだ。


「3週間……」



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