第76話 あたしは
係員の兄ちゃんに手伝って貰って、やっとこさっとこリフトの椅子からお尻を引っこ抜き、まんまとリフトを停止させる事なく降りることができたわけなんだよ、あたしは。
「うあ~~~、天橋立だぁ~! 本物だ~!」
「斜め一文字と呼ばれる構図ですね。対岸の方は飛龍観と呼ばれる構図で、龍が天に昇って行くように見えるんですよ」
「疲れた~!喉乾いた~、お腹減った~」
「お昼にはまだ早いですから、軽くお茶でも飲みましょうか」
「うん」
ここも家族連れと団体客とカップルで大賑わいなんだよ。でさ、また神崎さんが、その、あの、あたしのさ、あたしの手を取って歩いてくんだよ。当たり前のよーにさ。
いえね、いいんですよ? ほら、ここ混んでるし。迷子になっちゃいそうだし。神崎さんはあたしを子供みたいにしか見てないだろーし。むしろペットのカバ連れて歩いてるだけだろーし。首輪じゃなくて良かったよ。
いや、だけどさ、ちょっと冷静に考えよーよ。あたし達って先週まで顔も知らなかったわけでしょ? ただの会社の同僚でしょ? たまたま暇だったから、一緒に観光してるだけでしょ? 手、繋いだりすんのって……どうなのかな?
あ、違う違う、嫌だって言ってんじゃないのよ? 神崎さんの大っきい手、なんか安心するし、スベスベでひんやりしてて気持ちいいし。別に嫌なわけじゃないからっ。
ただ……どうなのかなって。
「山田さん、サーディンバーガーなんていう物がありますよ」
「え? 何それ、食べる! 美味しそう! ちょっと待った、竹輪の磯辺揚げも美味しそう! そっちも食べる!」
「山田さんと話していると、僕まで食べたくなってきますね。僕もお団子食べようかな」
「そうしようよ」
で、あたしたちはいろいろ仕入れて外のベンチで景色を眺めながらティータイムにしたんだよ。
「綺麗だね~、天橋立」
「風も気持ちいいですね。お団子が3倍美味しく感じますよ」
「それ、変わったタレだね」
「味噌だれですよ。竹輪の磯辺揚げも美味しそうですね」
「うん、ビール飲みたくなっちゃう!」
「それは帰ってからのお楽しみです」
「んふ。ねーねー、サーディンバーガー美味しいよ」
「そんなに食べて、お昼ご飯食べられますか?」
「とーぜん!」
神崎さんは味噌だれ団子とアイスコーヒーというめちゃくちゃな組み合わせなんだよ。なんか神崎さんぽくなくて笑っちゃう。
「どうかなさいましたか?」
「え? なんで?」
「いえ、僕を見て笑っているように見えたので」
「あ、ううん。お団子にコーヒーって、神崎さんらしくなくてさ。逆に神崎さんらしいのかも知んないけど」
「僕はどんなイメージを持たれているんでしょう?」
「う~ん……完璧で全く隙がないのが神崎さん」
って言ったらさ、神崎さんプッて吹き出すんだよ。
「そんな事はありませんよ。隙が無かったら山田さんに傘で殴られてません」
「あははっ、それもそーだよね」
ちょっと思い切って聞いてみようかな?
「ねー……神崎さん、楽しんでる?」
「はい?」
「あたしだけ盛り上がっちゃってない?」
「何を心配してらっしゃるんですか?」
「あ、えーと、無理に付き合わせちゃったかなって」
そしたらさ。神崎さんニコッと笑うんだよ。うあ……それキュン死するよ。
「楽しそうにはしゃぐ山田さんを見るのが楽しいんです」
「ほえ?」
「変な話ですが、楽しそうな人を見ていると、こっちまで楽しくなってくるというか。楽しそうな山田さんを見ていると、とても幸せを感じるんです。ああ、ここに来てよかったなと」
「……変わってるね」
「そうですね。ですが山田さんと一緒にいると、本当にとても楽しいんですよ。どこにいても、何をしていても」
「えっ……そっ……そぉ?」
こんなストレートな! なんて返せばいいんだよ!?
「山田さんは」
「ほえ?」
「僕のような男と一緒ではつまらないのではありませんか?」
「え、なんで?」
「気の利いたジョークも言えませんし」
「あたしは……」
あ、なんだろう。喉元まで出かかった言葉が引っ込んだ。しかも何を言おうとしたのかわかんない。
「あたしは……神崎さんと一緒にいると、安心する」
やっとそれだけ絞り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます