第73話 見て見て
暫く自転車で松並木の中をお喋りしながら並んで走ってさ、途中で砂浜の方に出てみたんだよ。綺麗なんだよ、砂が白くてさ。
「ねえ、見て見て神崎さん、ほら、黄色い花が咲いてるよ」
「どこですか」
「ほらここ。こんな砂浜なのにね」
「ああ、これはコマツヨイグサですね。砂浜でも育つんですよ。他にもハマヒルガオやミヤコグサも砂浜で育ちますよ」
「あ、ハマヒルガオなら知ってる。ピンクの小っちゃい朝顔みたいなのだよね」
「それです」
「ここって、夏は海水浴場になるんでしょ? 日本三景で泳ぐって贅沢だよね」
「それもそうですね」
凄いんだよ、後ろは松林でさ、目の前は海、ここは白い砂浜。とにかく綺麗。波打ち際まで行ってみたら貝殻がいっぱい落ちてるんだよ。貝殻ってこんなにフツーに落ちてるもんなの?
「ねえ、神崎さん、ほら見て、貝殻いっぱい!」
「どこですか」
「ほらほら、ここも、ここにも、こっちのなんてグルグルしてるよ」
「ああ、これはウミニナですね。こっちは巻貝の芯……エビスガイか何かですね」
「すごーい! 楽しー!」
あたしが一人ではしゃぎまくってたらさ、神崎さんずっとニコニコしてこっち見てんだよ。なんかあたし子供みたい?
「山田さんの『ねえ、見て見て』は、なんというか……」
「え? なんか言った?」
「いえ、何も。これはサザエですね、食べられるサイズではありませんが。こっちはアサリですか。そう言えばこの辺ではあさりご飯が有名だとか」
「え? 食べたい!」
「宮津のトリ貝も大きいので有名ですよ。後で食べましょう」
「うん!」
それでまた自転車乗って。与謝野夫婦歌碑とかさ、石見重太郎仇討ちの場とかさ、磯清水とかさ、蕪村の句碑とかさ、なんとかの松なんてのがいっぱいあったりとかしてさ、あ、そうそう木の中がすっぽり抜けて穴開いてるのとかもあった。
天気も良くて、自転車漕いでたせいか結構暑かったりして、風を切って走るのがすんごく気持ち良くてさ。日頃の運動不足も手伝って、体動かすのがこんなに気持ちいいものかって思ったくらい。
だけどここって急に天気が変わる事があるらしくって、なんか物凄い風が吹いて来たんだよ。最初は風強いな~ってくらいだったのにさ、急に「何これ?」って突風が吹いて来てさ、砂嵐みたいな感じになって、唐突に前に進めなくなったんだよ。山の天気は変わりやすいって言うけど、ここ、海だよ? びっくりして自転車停めたら、神崎さんが近くに来てくれて、風上に立ってくれたんだよ。
「大丈夫ですか?」
「ちょっと何これ~!」
「自転車を風の方向に立てて停めて下さい。真横にして」
「なんかこれおかしいよ! こんなに風、急に吹く訳ないじゃん。なんか天変地異の前触れかもっ!」
マジで凄いんだよ、目が開けてられないくらい。ここって幅が十数m位しかないから、こんなに風吹いて来たら波が上がってきそう! しかも砂州の方からの風だから、砂が凄くて何にも見えないんだよ、あたし達ここで死んじゃうのかも。
「ひゃああ~、神崎さん、ここまで波来るよ、どうしよう!」
「落ち着いてください、大丈夫です。ここではよくあるらしいんですよ。言ってみれば、海の真ん中ですからね」
「ちょ……怖いよ、有り得ないよこれ! ひゃああああ~何これ! 怖いよ~、助けて神崎さん!」
「大丈夫です、科学的に証明されてますから問題ありません。砂が入りますから目を閉じて」
「やだもう、神崎さん、怖いよ神崎さん、神崎さん!」
「山田さん、大丈夫ですから、目を閉じて、早く」
「神崎さん側に居てよ? どっか行かないでよ、絶対だよ!」
「はい、大丈夫ですよ」
「お願い、手、繋いでて!」
「仕方ありませんね」
ってさ! あたしの肩に手をまわしてさ、この巨大なあたしの身体をすっぽりと腕の中に収めちゃったんだよ! ちょっとさー、それって、あの、その、あれだ、えええ~?!
「震えてらっしゃるんですか?」
ちげーよ! 焦りまくってるだけだろーが! てかあんたがそうさせてんだろーが!
「大丈夫ですよ、すぐに止みますから。大丈夫です」
とにかくあたしはいろんな意味でパニクったまま、神崎さんのシャツの裾を掴んで目を閉じてるしかなかったんだよ。
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