第72話 橋が
「7.2Km~? 歩けるわけないじゃん!」
「ですよね。まずその体重でしたら膝を痛めます。恐らく85kg前後ですよね」
マジ粛清していい? 当たりだけどさ。
「それでですね……あ、知恵の輪灯篭ですよ」
「へ?」
「ほらこれ。3回くぐると知恵がつくらしいです」
なんかさ、エライ高いとこに輪っかの付いた石の灯篭があるんだよ。これ、くぐるとかの前に、高すぎるから。無理だから。ついでに言うと、低いとこにあってもあたしは無理だから。
「神崎さんくぐれそうだね」
「無茶言わないでください」
「顔だけなら出せるよ」
「出してみてください」
あたしが知恵の輪灯篭から顔出したら、神崎さん面白がってスマホで写真撮ってんの。
「ほら。可愛いですよ」
って見せてくれてさ。全然可愛くないんだけどさ。でもなんか神崎さんの目がウソみたいに優しいんだよ。しかもさ、一緒にスマホ覗きこんでるからさ、近いんだよ、顔がっ! 近寄んなよ、バクバクするじゃん。
それから更に歩いて行ったらさ……これかい! レンタル自転車。そう言えばさっきのお餅のお店の辺りにもたくさん自転車並んでたわ。でもなんでわざわざこっちまで来たんだ?
と思ったらその理由はすぐに判ったんだよ。いろいろあんだよ、MTBみたいなのからママチャリみたいなのまで、そこのレンタル屋によってまちまちなんだよ。でさ、神崎さんてばあたしが乗っても破壊しなさそうなゴツイの探してたんだよ。
「さ、行きましょうか。天橋立は自転車で行くのがいいんですよ」
「なんか自転車なんて久しぶりだよ。壊れないかな?」
「壊れないものを選んでますから」
……北朝鮮に流れ着け!
神崎さんに誘導されて、さっきの知恵の輪灯篭の前を通って、文殊のお寺さんの横を通過して、お餅屋さんのところまで戻ったところでいきなり曲がったんだよ。
そしたらさ。橋があるんだよ。だけどなんか通行止めにされちゃってさ。
「えー? 通れないじゃん」
「これはいいタイミングでした。通れない事を願ってたんですよ」
「へ?」
「まあ、見ていてください」
……え? え? え? え? 何これ。橋が回転してる!
「な、な、な……」
「ここを船が通るんですよ。橋の下を通れないので、橋が中央を軸に回転して運河と平行になるんです」
「すごーい、こんなの見た事無いよー! ロンドン橋は落ちるけど、ここの橋は回るんだね」
「船が通過しますよ」
橋が真横になったところで船が進入してくる。目の前、ロープ一本で閉鎖してるだけで、橋がぶちっとそこで途切れてる。そこを船が通ってくの。凄いワイルド! 京都の人って思いがけずやる事が野性的だよ。
「廻旋橋って言うんです。ストレートなネーミングですね。この運河も文殊水道と言いまして、一度聞いたら絶対に忘れられない名前です」
遊覧船が通過して行くのを手を振って見送って、あたし達は再び出発したんだよ。小っちゃい島みたいなのがあってさ、またすぐに橋があるんだよ。でもこっちは動かない。欄干から下を見下ろしたらさ、日本海の方から湾の内側に向かってクラゲがたくさん流れていくんだよ。
「ねーねー! 神崎さんちょっと待ってよ! ほら、クラゲがいっぱい! お魚もいるよ。可愛いよ」
神崎さん、引き返して来て一緒に橋の上から下を覗いたんだよ。あたしのすぐ横で。
「どこですか?」
「ほら、そこ。凄いいっぱい。あっ、この真下のとこ、大っきいお魚! 美味しそう!」
最後の一言で、神崎さんがプッと吹き出してさ。
「そっちですか。後で美味しいもの食べましょう」
「うん。よし、3.6Km行くぞー」
「自転車ならすぐですよ。のんびり行きましょう」
再びあたしたちはペダルを漕いだ。
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