第70話 デートモード?

「ねーどこ行くの?」

「内緒ですよ。着いてからのお楽しみです」


 相変わらず神崎さんの運転は滑らかでスマートなんだよ。でさ、さっきから聞いても聞いても教えてくれないんだよ、今日の目的地。候補はたくさん出したんだよ、だけど神崎さんてばその中から決定したみたいでさ、それを教えてくんないんだよ。

 ただね、朝ご飯食べてる時に言われたんだよ、「自転車に乗れるような服装にして下さい」って。あたしが「どこ行くかわかんないと服が決めらんない」って言ったらそう言うんだよ。ペッタンコのスリッポンでも大丈夫らしいんだけど、自転車ってどういう事? あたしが乗ったら自転車壊れるよ?

 

 そんでね、神崎さん自身はいつものよーにシャツに細身のジーンズなんだよ。だけどさ、聞いてよ! あの神崎さんが、オーバーシャツにしてやんの。びろんって。珍しー! しかもさ、いつも休みの日でも白か淡い色のシャツだったのにさ、今日は殆ど黒にしか見えないよーな濃紺のシャツなんだよ。ジーンズはスティールグレイって言うの? 明るめのグレイでさ、シルバーグレイのストール巻いてさ。

 オシャレなんだよ! モデルみたいにカッコいいんだよ。もう鼻血出そうなんだよ。いえね、スーツでもジャージでもパジャマにエプロンでもカッコいいんだよ? 元がイケメンなんだからさ。まあ、ミドリ安全と寅壱スタイルはちょっと違う気もするけどさ。でもさ、いつも白シャツにスーツか梅干カーディガンだったでしょ? キチンと系だったでしょ? なんかいつもと違うんだよ。


 これって、ま、ま、ま、まさか神崎「デートモード」?


 ……とか勝手な妄想とかするじゃん? しない? いーの、あたしはしたの!

 あたしはさ、とにかく自転車に乗れるようにって言われたからさ、それでもやっぱ少しでもこのお腹とか背中とか二の腕とか太腿とか……てか全部じゃん! とにかくプヨ肉が少しでも目立たないようにって、ふわっとしたチュニックにクロップドパンツにしたんだよ。それもさ、神崎さんのカッコ見てから、着替え直したんだよ。そりゃあんた着替え直すよ。伊賀忍者がデートモードなんだもん。

 わざわざチュニックだって淡いピンクのお花カットワークレースのチュニックだよ? 可愛いでしょ? 可愛いんだよ、あたしの中では一番可愛いの! そんでさ、明るめの茶色のクロップドパンツだってさ、裾んとこ同じよーなカットワークになってんだよ? 髪だっていつもテキトーに後ろで1コにゴムでまとめてるだけのを2つにしてさ。

 山田花子これ以上無いってくらい頑張ったんだよ。FB80のメインコントロールパネル作る時だってこんなに頭使ってねーよ。

 でさ、それ見て神崎さん、こう言いやがったんだよ。


「山田さん、とても似合ってますね。可愛いですよ」


 キュン死するだろー! それこそ永眠だろー! どーしてそーゆーことを涼しい顔で言ってのけるかなぁ、神崎!


「どうしても食べたいお餅があるんですよ」

「え? お餅?」

「そう。お茶屋さんが4軒並んでましてね、同じ名前のお餅を売っているんです。どうしても食べ比べがしてみたかったんですよ。ですが、一人で食べきれる量ではありませんから、4軒全部で同じ物を買ってお土産にしようと。家に帰ってから食べ比べすれば僕は一つずつ食べれば満足しますし、あとは山田さんに……」

「食べますっ! 何個入り?」

「確か一番小さい箱で10個入りだったと思いますが」

「じゃあ9個かける4軒分、あたしが食べる」

「お願いします」

「で、自転車って何?」

「それは内緒です」

「んもー……」


 あたしが口を尖らせたら、神崎さん笑うんだよ。


「山田さんは食事をしている時の顔と口を尖らせている時の顔はとても……」

「とても?」

「いえ、何でもありません」

「何よー」


 神崎さんは答えないで、笑っただけだった。

 

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