第69話 姫です

 きっちり6時半に目が覚めた。おお、凄い。人間の睡眠サイクルは1時間半だって言うけど、きっちりあれから1時間半だよ。人体の不思議だよ。てかカバか。

 カバでも1時間半で起きて来たのに、正真正銘人間の神崎さんが来ねーよ。なんで居ないかなー。神崎さんの居ないこの部屋、すっごい広いんだよなー。

 なーんて考えながら、冷蔵庫のポットから緑茶を出して来て一気飲みすると、シャッキリと目が覚めて一日のスタートって感じがする。折角目が覚めたんだし、洗濯物干そうっと。


 洗濯物干しながらさ、いろんな事考えちゃうわけだよ。さっきの神崎さんのジョークとかさ。なんだよあれ、人をからかうのも大概にせーよ。あ、人じゃないとか思ってるか。今度本当におやすみのチューしたろーか。ショック死されても困るし、それは勘弁してやるか。

 てかなんで困る? 110番通報して(神崎さんだから保健所じゃなくていいと思う)やって来た警察官に正直に話す。「同居人が突然死にました。ショック死だと思います」「何か変わった事はありませんでしたか」「おやすみのチューをしました」「逮捕です」「殺すつもりは無かったんですけど」「死ぬかもしれないとは思わなかったんですか?」「可能性はありました」「未必の故意ですね、逮捕です」ああ、だめだ。実刑判決が出るよ。その前に手錠に手首入らないかも。ってことは、やっぱ檻に突っ込まれて保健所で安楽死か。てかその場で銃殺されるかも。ああ、間違いなくその場で銃殺だな。

 

 てゆーか何考えてんだあたし。神崎さん、あたしのことどう見てるんだろう? ただのデブ。仕事できないデブ。エンゲル係数高いくせに仕事できないデブ。エンゲル係数高いくせに仕事もできずその上やたらと手のかかるデブ。……うあああ~考えれば考えるほど凹むわ。可愛いカバの花子ってのは無いか。

 あ、だけど神崎さん、カバとは思ってないって言ってくれたよね。一応人間扱いしてくれてんだ。つーか、カバにあんなゴージャスな食事作ってくれないし、ダイエットに気を遣ってくれたりしないよ。冷静に考えたら、あたし、勿体ないくらい大事にされてるよ。昨日だってずっと世話焼いてくれたし。


 そう言えば……お父さん以外の男の人に抱っこされたのって初めてかも。びっくりしてそれどころじゃなかったけど、もっと堪能しとけばよかった。もう二度とないよ、抱っこされるのなんて。どうせならお姫様気分で抱っこされたかったよ。

 おおっ、お姫様! 子供の頃、憧れたよね。大きくなったら絶対にお姫様になって、イケメンの王子様にプロポーズされて、結婚してお城で優雅な生活を送るんだって、あたし的に将来を決定してたよ。イメージとしては、美女と野獣のヒロインが魔女の毒りんごを食べて眠ってしまって、王子様のキスで目が覚めたときに舞踏会に招待されて、南瓜の馬車で舞踏会に行って王子様とダンスして結ばれるっていうストーリー。

 でもさ、あたしは美女と野獣のヒロインみたいに読書家じゃないんだよ、スタンダードも読んだ事無いんだよ。クリスピーも読んでないんだよ。しかも毒りんご食べてもフツーに消化しちゃいそうなんだよ。毒だって気づかなそうなんだよ。更に言えばさ、成長し過ぎて本人が南瓜の馬車並みの体格になっちゃったんだよ。これでカッコいい王子様と結ばれようって方がムリなんだよ。

 でさ、王子様だってさ、イケメンで仕事できて、クルマの運転も上手で、料理も掃除も何でもこなして、毒舌だけど優しくて、そんな王子様に南瓜の馬車なのか何なのかわからんようなのを「姫です」つって押し付けたらあまりにも気の毒じゃん? 王子様にも選ぶ権利あるしさ、てか王子様はやっぱ可愛くてキュートでプリティな(って全部一緒か)お姫様とさ、……ん? あれ? ちょっと待ってよ。なんで王子様のモデルが神崎さんなんだよ? あんな歳食った王子様居ねーよ。居るか。居るよ。いいんだよ、イケメンならそれで。

 てーかさ! 「なんで王子様のモデルが神崎さんなんだよ?」じゃねーよ。元はと言えば神崎さんのお姫様抱っこからスタートしてんだからあったりまえじゃん。  あービックリした、すげービックリした。なんか、まるであたしが神崎さんを王子様化したみたいじゃんとか思って焦ったし。そうそう、話の流れ的にそうなっただけじゃん。あーもう焦るし。


「あの、山田さん?」

「ひょえええええっ! いつからそこにっ!」

「先程からずっとお声掛けしてるんですが、何か妄想してらっしゃるようで」


 つーか、人間の気配させながら近づいて来いや! この公儀隠密!


「あたし、何か一人事言ったりしてた?」

「ええ、いろいろ。『姫です』とか『いいんだよイケメンなら』とか『あーもう焦るし』とか」

「ほ、他には?」

「それだけですね」


 良かった、それだけで。もう全身冷や汗だよ。


「朝食、できてますから」

「え? いつの間に?」

「昨日の昼間、あなたが寝ている間にポテトサラダと茄子の揚げ浸しを作っておいたんですよ。それと今朝は炊き込みご飯なので、今は御御御付けを作っただけです」

「早っ。じゃあ、あたしも顔洗ってくる」


 あたしは空になった洗濯物カゴを持って洗面所に急いだんだな。だって、お味噌汁のいい匂いがしてるんだもん!

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