第67話 カバの逆立ち

「あれ? 神崎さん、これからランニング行くの?」


 寝る前にお茶一杯飲もうと思ってリビングに下りて来たらさ、神崎さんがジャージ姿で反射板の付いたリストバンドをはめてるとこだったんだよ。


「あ、山田さん、まだ起きてらしたんですか」

「うん、これから寝る」

「僕はこれからちょっと走って来ますので、先にお休みになっててください。

「うん。気を付けてね」


 何気なく言ったんだけど。なんか神崎さん、すっごいびっくりしたような顔して目を見開いてんの。何? なんか変な事言ったか?


「はい……ありがとうございます」

「行ってらっしゃ~い」

「あの……」

「ほえ?」

「明日のご予定は?」

「無いよ、神崎さんが付き合えって言ったから空けといたんじゃん」

「そうでした、すみません。用事が済んでしまったので。もしも山田さんがどこか行きたいところがあればお連れしますが」


 なんですとー!


「え? マジ? いっぱいあるんだよ、行きたいとこ。平等院でしょ、伏見稲荷でしょ、金閣でしょ、清水寺でしょ、渡月橋でしょ、二条城でしょ、姫路城でしょ、天橋立でしょ、え~どうしよ、すぐになんか決めらんないよ~」


 あたしが慌ててると、神崎さんがクスッと笑うんだよ。


「では紙に書いてテーブルの上に置いておいてください。帰って来たら見ておきますから」

「うん、わかった!」

「では、行って参ります。戸締りちゃんとなさってくださいね」

「はーい、行ってらっしゃーい!」


 神崎さん行っちゃったよ。あーやべ、どうしよ。めっちゃワクワクするよ、こりゃ今夜は眠れねーよ。

 なんかさ、小学校の遠足の気分だよ。お弁当持って水筒持って、おやつは300円までで、とーぜん「よっちゃんいか」と「キャベツ太郎」持参で、バナナはおやつに入らないのは基本だけど、苺はおやつに入るんですか、先生。


 え?ちょっと待ってよ、これってなんかさ、遠足って言うよりデートっぽくね? 神崎さんにそーゆうつもりが全く無いのは百も承知なんだけどさ、客観的に見たらそんな感じしない? するよね? てか、知らん人が見たら絶対そう見えるよね? 間違ってもカバと飼育係のお散歩には見えないよね?

 て事はだよ? それなりにちょっとオシャレとかしてかないと神崎さんに失礼だよね? え、ちょっとやだどーしよ。めっちゃ普段着しかねーよ。だってデートの予定なんか無かったじゃん? つーか万年そんな予定は入らないんだけどさ。どーするよ、花子。

 つーかさ、神崎さんどんなカッコで行くのよ? 忍び装束? 全身虎壱? まさかミドリ安全? んなわけないじゃん、またシャツに梅干カーディガンだよね。ジャージじゃ出かけないもんね。なんかあんまりチグハグでも変じゃん? 神崎さんはどー考えてもTシャツをデレッとは着ないし、ダメージ加工のジーンズとか履かないし、やっぱ綺麗めスタイルってやつだよね、そこへ来てあたしがあんまりラフだったら変だよね? えーーー? どうしよ。

 てかさ! 靴とかペッタンコ靴しかねーよ、可愛い系置いて来たよ。スリッポンしかねーよ。どーするよ? ヤバいよ、山田花子ピンチだよ。


 てゆーかさ。


 何かあたし、一人で盛り上がってない? 良く考えたらさ、「あたしが行きたいところに神崎さんが連れてってくれるだけ」だよね? 別にデートじゃねーじゃん。そう見えるかも知れないね、ってだけでさ。何やってんだ、あたし。バカだな。カバが逆立ちするとバカになるって言うけどさ、あれは嘘だね。カバは逆立ちできねーよ、物理的にさ。てか何考えてんだよ。どーでもいいよ。


 はぁ……。なーんか神崎さんに振り回されっぱなしだよ。いや、傍から見れば、神崎さんがあたしに振り回されっぱなしなんだろうけどさ。

 てか寧ろそっちが多いじゃん。朝は号泣して遅刻しそうになるしさ、日本酒で二日酔いになるしさ、エンゲル係数はめっちゃ高いしさ、神崎さんの言うこと聞かないでお姫様抱っこ……てか! お姫様抱っこって凄くない? あたしがこの体格になってから、そんな命知らずなことした奴は今まで居なかったよ? フツー潰れるだろ! 腰痛めるだろ! どう考えたって神崎さんより20㎏はあたしの方があるぞ? バケモンだ。あれ、きっと本当にサイボーグなんだ。型番とかあるんだよ。神崎ver.4ーNo.31415とかさ。


 あーん、さっきから思考が脱線してばっかり。どーしよう、どこに連れてってもらおっか、何着て行こっか、何持ってこーか、あーん、困ったよー! 神崎さん助けて~!

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