第66話 3週間
でね。やっぱ神崎さんの言うこと聞いといて正解だったんだよ。やっぱちゃんと復活してなかったってゆーか。
夕御飯もいつもの半分くらいしか食べらんなくってさ。つっても、それでも神崎さんの倍以上は食べたんだけどさ。神崎さんも気を遣って「消化のいいものにしましょう」って、柔らかめに炊いたご飯と、ふろふき大根のそぼろ味噌餡掛けと、南瓜の煮付けと、豆腐ステーキと、キャベツのスープを作ってくれたんだよ。
「神崎さんまで柔らかいご飯食べるの?」
「ええ、炊飯器は一つしかありませんから」
「ごめんね」
「かまいませんよ。体調の優れない時は遠慮なく甘えて下さい」
「ごろにゃーん……とか?」
「そういう『甘える』ではなくてですね……」
「冗談だってば」
「まあ、それでも構いませんが」
「へ?」
「いえ、なんでもありません。今日の食事は消化の良いものばかりでしたので、物足りなかったのではありませんか?」
「そんな事無いよ~? 全部美味しかったよ。でも、大根とかキャベツって食物繊維多いんじゃないの?」
そしたらさ、神崎さんてば「よくぞ聞いてくれました」って顔すんのよ。
「食物繊維には水溶性の物と不溶性の物があるんですよ。不溶性の牛蒡や蒟蒻、茸類はあまり良くないのですが、大根や南瓜は水溶性食物繊維ですから問題ありません。それにですね、山田さん」
「は……はい」
「キャベジンってご存知ですか?」
「あの胃薬みたいなやつ?」
「それです。キャベジンと言うのは塩化メチルメチオニンスルホニウム、別名ビタミンUの事でして、キャベツに含まれるんです。胃酸過多を抑え、胃粘膜の補修を助ける働きがあるんです。それにですね、キャベツのスープに入れた人参と小松菜もキャベツ同様、アミラーゼと言う消化酵素を多く含むんです。これは覚えておいて損は無いですよ」
「でもあたし、料理しないもん」
そしたらさ、なんか神崎さん、一瞬だけ淋しげな顔をしたんだよ。
「……それもそうでしたね。ですが僕と山田さんの同居はあと3週間ですので、それを過ぎたら僕があなたの二日酔いのお世話はできなくなりますから、せめてほうじ茶に塩昆布だけは覚えておいてください」
「うん。それくらいは覚えてられるよ。梅干もだよね」
「そうです」
そっか。この同居って1カ月限定だったの忘れてた。
「なんかさ。あたしたった1週間で、神崎さんと一緒に住んでるのがフツーになっちゃったよ。神崎さんのご飯もさ、毎回感動してはいるけど、これがずっと一生続くような錯覚に陥ってたよ。良く考えたらさ、あと3週間であたしまたコンビニ弁当の生活に戻るんだよね。あーあ、ずっとこの生活が続けばいいのに」
何気に言ったんだよ。別に深い意味も無くそのまんま。神崎さんのご飯、美味しいしさ。だけどなんか神崎さん、考え込んじゃったんだよ。悪いこと言ったかな。
「山田さんさえ良ければ僕は構わないんですがね」
「ん?」
「あ……でもエンゲル係数が極端に跳ね上がりますね」
「はい?」
「今は、食費から何から会社のカードで支払ってますから、こちらの財布は痛くも痒くもないんですが、もし自腹で山田さんと同居したら食費が大変な事になるだろうと……」
神崎、辞世の句を詠んでおけ。
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