第63話 グルグル

 知らなかったんだよ。日本酒がこんなにタチの悪いものだなんて。てかさ、神崎さん、フツーに一晩で一升空けるって言ってたじゃん? それに日本酒とワインじゃ大してアルコール度数も違わないんでしょ?

 なのにさ、何なのよ。頭の上でゾウとカバとバッファローがプロレスしてるようなこの激しい頭痛と、巨人が地球使ってエンドレスお手玉してるようなこの感覚は。ずっと天井が回ってるんだよ、ずっとだよ。グルグルグルグル……。


「山田さん? 具合はいかがですか?」

「う~、天井がノンストップで回転してるよ~……」

「すみません、調子に乗って飲ませてしまいまして」

「ふえ~ん、もう日本酒飲まない……」

「とにかくこれをたくさん飲んでください。早く治りますから」

「お茶? 何これ」

「ほうじ茶に塩昆布を入れたものです。ただのお茶ですと体のナトリウムイオン濃度を一定に調節しようとしてトイレが近くなるんですが、それではアルコールは分解されません。まずは二日酔いの脱水症状を脱却しなければなりませんから、ナトリウムも一緒に摂った方がいいんです」

「面倒な説明聞いても分かんないよ~」

「つまり飲めばいいんです」


 とにかく神崎さんを信じて塩昆布入りほうじ茶を飲んだんだけど・・・温かいじゃんこれ……。


「ひ~ん、冷たいのがいいよぉ」

「冷たいのはちょっとだけにして下さい。胃の内容物の温度が低下すると、温度を上げようとして幽門を閉じてしまうんですよ。いつまで経っても排出されなくなります。体温くらいの物をたくさん飲んだ方が早く楽になります」

「え~ん、難しいこと言わないでよ~。何だかわかんないけど、早く治すぅ~」


 って実は今リビングで寝てんのよ。2階に行くとさ、トイレの度に下りて来なくちゃならないでしょ? それで神崎さんがあたしの布団全部持って来てくれて、リビングの床に敷いてくれたの。そこでひたすらお茶飲んで寝てる。神崎さんはかいがいしく何度もあたしのところに来ては、なんやかんやと世話焼いてくれてる。ほんと執事とお嬢様状態。いや、カバと飼育係か。後者だな。


「塩昆布茶おいしー……」

「梅干入れてもいいんですよ」

「ふぇ~ん、神崎さぁん」

「はい」

「ありがと~」

「え、あ、いえ。その、僕の不注意でこうなってしまいましたので」

「でもさぁ、昨夜、楽しかったよね」

「……ええ、そうですね」

「そう言えば、今日って何か用事があったんじゃないの?」

「ええまあ。来週一週間分の食材を買いに行こうかと思っていたので、お付き合いいただこうかと。でも大丈夫です。後で一人で行って来ますから。もう少し山田さんが落ち着かれてからにしますから、ご心配なさらなくても大丈夫ですよ、暫くあなたの側についてますから」


 うをう! なんか今の最後の言葉って、すっごいクリティカルヒットだよ? 脳天ブチ割られた感じだよ? これ萌乃が聞いてたら、あたし半殺しだよ。カバの蒲焼とかにされちゃうよ。オエ……不味そう……。

 じゃなくてさ。神崎さんってさ、そこだけピンポイントで聞いたら結構赤面するよーな事ヘーキで言うんだよね。そりゃー話の流れってもんがあるから、何気に流して聞いてたりすんだけどさ、ピンポイントでさ、一言だけ抜くとさ、「え? 今何と仰いましたかー?」な事をさ、こう、サラッとさ。……照れるやんか。え? なんであたしが照れてんだよ。何故だー! そこ間違ってんだろー!


「あたし一人で大丈夫だから、行って来ていいよ? どーせ寝てるだけだし、お茶飲んでるだけだし」

「いえ、まだあなた一人では心配です。お茶も淹れてあげないといけませんから」

「大丈夫だって。心配しなくても」

「僕が側に居たいんです」

「へ?」

「あ、その、出先で心配すると気が気では無くて、買い忘れがあるかもしれませんので、そういったミスを最小限に抑えるためにももう少し後で行こうと思います」

「あ……そう。わかった」


 あたしが返事をすると、神崎さんはそそくさと立ちあがってさ。


「ちょっと、お風呂洗って来ます」


 グルグル回る視界の中で、あたしは神崎さんの後ろ姿を見送ったんだよ。なんか、ちょっとだけドキッとしたんだよ。またピンポイントで変な事ゆーから。


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