第53話 茶色の弁当

「ほえ?」

「だから、神崎さんの事。好きなんすか?」

「う~ん、あの人ねぇ、結構ムカつくことヘーキで言うし、心の中で『死にてーか神崎!』って思う事もよくあるけど、優しいとこあるし、割と好きな方ではあるよ」

「違うっすよ。恋愛対象かって聞いてるんすよ」


 は? ガンタ若いなぁ、発想がまだ青春だよ。流石20歳なりたてホヤホヤ。


「あー、そりゃ無いわ。有り得ない。向こうはあたしを動物園のカバくらいにしか思ってなさそうだし、自分をあたしの飼育係だと思ってるようだし」

「神崎さんが花ちゃんをどう思ってるかなんて聞いてないっすよ。花ちゃんは神崎さんをどう思ってんのか聞いてるんすよ」

「鬼の個別指導教官だと思ってるけど」

「恋愛感情無い?」

「ある訳ないでしょ! 初めて会ってからまだ1週間も経ってないんだよ? そりゃー神崎さんはイケメンだけど、あたし一目惚れとか絶対しないし」

「ふーん、そうなんすか」


 ガンタは豚の生姜焼きをつつきながら、あたしのお弁当を見てボソッと言ったんだよ。


「神崎さんは花ちゃんの事、好きっすよ」

「うん、嫌われては無いと思うよ」

「だから、そうじゃなくて。ああ、もう焦れってえなぁ」

「えー? 何よ?」

「わかんないかなぁ、お弁当ってさ、愛情表現なんすよ」

「ほえ?」

「このおかず。すげー色がカラフルで美味しそうじゃないすか? 俺のBランチも美味しいすけどね、見た目がほら、茶色いじゃないすか。俺なんかいつもコンビニ弁当だからわかるんすけど、どうしても弁当って茶色くなると思わないっすか?」


 言われてみれば、先週までのあたしは茶色いのをフツーに食べてたよ。唐揚げ弁当とかさ、ミックスフライ弁当とかさ、生姜焼き弁当とかさ。たまにパセリとかで緑もあったけど、基本茶色だよ。


「気ぃ抜いたら弁当って必ず茶色になるんすよ。作る人が楽をすれば楽をするほど茶色になるんすよ。だからって、茶色の弁当が悪いって言ってんじゃないんすよ? 一所懸命作ってくれる弁当だったら茶色であっても愛情たっぷりなんすよ、それは判ってるんすよ」


 ガンタのお母さんの事言ってんのかな? いい息子持ったな。


「俺が言いたいのは、カラフルにするのは手間がかかるってことなんすよ。俺、ガキの頃、運動会で友達がすっげカラフルで美味しそうな弁当持って来たのがチョー羨ましかったんすよ。俺んち両親とも仕事してたから、運動会はどっちも来てくれなくて、そしたら友達のお母さんが『岩田君も一緒に食べよう』って声かけてくれたんすよ。俺、惨めでしたよ。友達んとこは爺ちゃん婆ちゃんまで来てて、みんなで3段のお重を並べて『岩田君も食べなさい』って言ってくれて」


 居るよね、そういう子がクラスに必ず一人くらい。


「俺、何か自分の弁当出すのが恥ずかしかったんで隠してたんすよ。そん時そいつのお婆ちゃんが『今出さなかったら腐ってしまうよ、お母さんが忙しい中作ってくれたんでしょう?』って言うんすよ。それで仕方なく出したら、中身真っ茶っ茶なんすよ。プチトマトと卵焼きが入ってて、辛うじて赤と黄色が入ったくらい。もう俺すっげー恥ずかしくて。だけどそいつのお母さんが言うんすよ『これから仕事に行くのにこんなに手をかけてくれて、岩田君は良いお母さんを持って良かったわねぇ。お弁当をカラフルにするのって、本当に大変なのよ。仕事してる人が朝からコロッケ揚げるだけでも、ホント時間無いんだから』って。じゃあこの3段弁当は凄い手間かかってるんすねって言ったら、フルーツで誤魔化してるって言うんすよね。言われてみればフルーツはカラフルだから、適当にツッコんでおけば綺麗に見えるんすよ」


 言われてみりゃ、それもそうだ! フルーツケーキがカラフルなのはそのせいだ。


「でも、神崎さんのお弁当、フルーツで誤魔化してないんすよ」

「あ……」

「ウインナーだって赤いヤツ使えば見た目華やかだし、野菜だって生野菜のサラダを入れれば色も綺麗だしカッコ付くんですよ。だけど赤ウインナーは焼くだけだし、生野菜は切るだけで手間掛かんないんすよね。神崎さんが作ったヤツは手間かかってるっすよ。みんな火を通してあるし」


 ほんとだ。牛肉とタマネギのオイスター風、ツナと人参のマスタード和え、プチトマトとブロッコリのココット、アスパラとウインナーのバジル炒め、3種のキノコのマリネ……。

 そう言えばこの牛肉、何かと何かを混ぜて前の晩から漬けこんであったんだし、キノコのマリネもそうだ。夜のうちに下ごしらえが済んでたんだ。

 色も綺麗だよ。人参のオレンジ、トマトの赤、ブロッコリとアスパラの緑、卵の黄色、ウインナーのピンク。フルーツも入ってるけどリンゴがウサギさんになってる。


「出来合いのものが入ってないんすよ。完全に一から手作りで、着色料とか保存料とか、そんなものの心配の無さそうなおかずしか入ってないんすよ」


 ガンタは食べる手を止めて、もう一度言った。


「お弁当は愛情なんすよ」


 

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