第54話 助けて!

 あたしはその晩いろいろ考えちゃったんだよ。何をって、ガンタが言った言葉だよ。「お弁当は愛情なんすよ」って言葉。それと「神崎さんは花ちゃんの事、好きっすよ」って。

 好きだったら、あんなにキッツい事言わないっしょ? カバだよ、カバ。

 だけどさ、FB80使って石で書いた『花』って字。ごくたまーーーに見せる笑顔。しかも何か癇に障るくらい眩しかった。

 あ~、わかんねー、あの伊賀忍者。何考えてんのかさっぱりわかんねー。


 あーもう! ガンタが意味深な事ゆーから、さっきから寝返りうってばっかで全然眠れないしっ! きっとすぐ隣の部屋では、あのいちいち癇に障るMr.ミドリ安全があたしの苦労も知らずにグーグー眠ってるに違いない。ベランダから行って嫌がらせしてやろーか。こんなデブな幽霊いないか……。「山田さん、どうかなさったんですか?」ってフツーに言われて終わりだな。行動が読めるだけに腹立つわ。

 バカな事を考えてはまたもや寝返りを打つ。もうダメだ、眠れない。リビングに下りてお茶でも飲もう。

 部屋を出たあたしは何気に階段を一段下りたところで立ち止まって、となりの部屋のドアを見た。ドアなんか見たって中は見えないんだけどさ。エライ静かだよ。眠ってても伊賀忍者の心得は忘れないみたいだよ。イビキとか全然聞こえてこないし、生体反応ねーよ。あの人って本当に生きてる人間なのかな? ロボットだったりして。充電中か?

 リビングに下りて灯りを点けて。冷蔵庫から冷茶ポットを出してくる。相変わらず女子力高すぎで全く隙のない神崎さんによって準備された2本の冷茶ポットには、緑茶と紅茶がきっちり一番上まで入れられてて、ご丁寧に『緑茶(玄米茶ブレンド7:3)』『紅茶(アールグレイ)』とラベルまで貼ってある。あんた絶対A型だろ。明日聞いてみよっと。

 取り敢えずあたしはなんとなく緑茶を例のお揃いのマグ(オフホワイト!)に注いで、飲んでたんだよ。シーンとしたリビングにはあたしのお茶を飲む音しかしないんだよ。とーぜんだけど。いや寧ろ別の音がしたらそれ心霊現象だから! こんな山奥でやめよーよ、怖えーよ。

 とか思ってたらさ。キッチンの窓の外にさ、何かが動く影が見えたんだよ。ちょっと勘弁してよ。その影はリビングの窓の方に移動してさ、玄関の方に回ったんだよ。やべーよやべーよ、神崎さん起きてよ! 何かいるよ!

 って思った矢先、玄関先で足音がするんだよ、これ、ちょっとドロボー? 神崎さんを起こさなきゃ! でもちょっと! コイツ鍵開けようとしてるよ! 神崎さん起こしてる暇無いよ! どうしよう、どうしよう、ええと、包丁! そんな至近距離じゃダメだ、もっと遠くから攻撃の出来る……傘! このでっかい神崎さんのヤツ!

 あたしは傘を持ってリビングの灯りを消した。傘を両手でしっかりと握り直して、静かに玄関に近付く。いざとなったら大声出して、神崎さんを呼べばいいんだ。落ち着け花子、アンタにはそれができる。

 足がガクガク震えて、傘を握る手にもそれが伝わってしまう。助けて! 神様仏様、あたしに勇気を! ぶん殴って、大声! ぶん殴って、大声! ぶん殴って、大声!

 

 ガチャリ。


 鍵が開き、ドアが静かに開けられる。ヤバい。大男だ。殺されるかも。こうなったら先手必勝だ!

 あたしはその大男が玄関に一歩入ったところで思い切り傘を振って大声を出した。


「神崎さん! 助けてー!」

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