第50話 敏感ね
結局なんやかんやで神崎さんがスーツのままヘルメットというすっごい似合わないカッコでFB80に乗り込んで、軽くテスト走行と腕や手の操作性のテストしたんだよ。
あ、因みに腕ってのはアームの事で、手ってのはこの子の場合はフォークバケット。手はアタッチメントでいろいろ変えられるんで、ロータリーフォークもあればスケルトンバケットやクラムシェルバケットもある、グラップルやマグネットを付ける時もある。この子はバックホータイプだから、勿論付けらんないのもあるんだけどね。
だもんだから、設計側としては手を付け替えた時の事とかその際の操作性なんかも自分の感覚で知っときたいらしい……ってゆーか、神崎さんだけかも知んないけど。あの人ちょっとマニアックなとこあるし。しかも完璧主義だし。
それにしても似合わん。ヘルメットが恐ろしく似合わん。こんなに似合わない人、初めて見た。スーツだからだろうか? それともこの形のヘルメットが似合わないんだろうか?
なのにも拘らずだ。この人工事現場で働いてた事あんだろ? ってくらい上手いんだよ。ショベルの操作がもーホント、ムチャクチャ上手いんだよ。
今でこそこうしてスーツなんか着ちゃってるけど絶対経験者だよ、ハイネックのピタッとしたよーな長袖のTシャツ(Tシャツなのに胸ポケット付いてる)着てさ、ニッカポッカに地下足袋履いてさ、頭にタオル巻いてさ、安全ベルトしてさ、全部『寅壱』ブランドで固めてさ。あ……それは鳶職か。えーと作業着に軍手、ヘルメットと安全靴でさ、きっちり『ミドリ安全』ブランドでさ。だけどどう考えても似合わないんだよ、そのカッコが。
てかさ、なんでブームとアームを一遍に動かしながら機体を旋回させるなんて技を、たかだか設計屋ができんだよ? 設計屋だろあんた? 謎だよ。
「神崎さん随分上手なのね」
「そーですねー、あたしもビックリです」
「あれは現場レベルの腕前よ?」
「あたしもそー思います。ナチュラリィに『ミドリ安全』ですよ」
「そうね、そんな感じ。花ちゃん、神崎さんの運転初めて見るの?」
「そりゃそうですよ、本社では会った事すらなかったんですから」
城代主任、何かを思い出したように、クスッと笑うんだよ。何なのー?
「朝、ガンタ君と峠レースしたんでしょ?」
「してないですよぉ。後ろからガンタが煽ってたけど、神崎さん完全スルーだったんだから」
「それで? 道譲ってあげたの?」
「え? ずっと完全無視だったし、先に行かせる訳でもないし、相手するでもないし、そのまんまですよ。ガンタの存在自体を無視してましたよ。ホントこの人、怖えーよって思いましたもん」
「ふうん……珍しいわね」
「へ?」
神崎さんがでっかい石をバケットで器用に掬ってフォークで挟んでる。そのまま少し離れたところまで運んで石を綺麗に一直線に並べてる。遊んでんのかコイツは。
「ガンタ君と峠レースした人は何人もいるのよ」
「え、そうなんですか?」
「した、って言うか吹っかけられたって言うか。今朝のあなたたちみたいにね」
「なーにやってんだか」
「殆どの人が道譲ってガンタ君に先を行かせてるのよ。当然だけど」
「そりゃそうでしょうね、危ないもん」
「だけど血の気の多い若い子なんかは、受けて立っちゃうのよね。ホント馬鹿なんだから。でも結局どこかのコーナーでインから差されて持ってかれるらしいのよね」
「そんなのどーだっていいのに。男ってバカですよね。幼稚で」
「ガンタ君に抜かせなかった人って今まで居なかったのよ」
「えっ?」
神崎さんは相変わらず奇妙な動きをしながら石を並べてる。奇妙な動きをするのは当たり前といえば当たり前。だって性能テストなんだから。親父さんの横でヨッちゃんが「すげえ、うめえ……」って口をあんぐり開けてる。
「神崎さんね、きっと『完全無視』を装って、意識的にガンタ君の進路を妨害してたわよ」
「それって、すっごい嫌なヤツですねー! 神崎さん怖えー!」
「ガンタ君に目を覚まさせるつもりだったんじゃないかしらね」
「へ?」
「上には上がいる。調子に乗ってバカな事をするのは止めなさい、って。だから朝のあのやり取りは、ガンタ君なりに自分のプライドを守るための精一杯の抵抗だったと思うのよね」
「はあ……。なんか子供だなぁ」
「でもねぇ、あれだけクルマに手をかけてて、ノーマルのワゴンにやられちゃったんだから、可哀想に彼ズタボロだと思うわよ。ホント男っていつまで経ってもオコチャマだから参っちゃうわよね。扱いやすいと言えば扱いやすいけど」
「う゛……大人の女の発言ですね」
「私が掌で転がせないのは、親父さんと神崎君くらいよ」
ん? 神崎『君』?
「今、神崎『君』になりましたね!」
「花ちゃん敏感ね。何だか彼も可愛く見えてきちゃって」
あの鬼個別指導教官が可愛いだとー!?
「ヨッちゃんもガンタ君も神崎君も、FB80チームはみんないい子ばっかりね。浅井君はそこに入れないでおこうかな」
城代主任は優しい目をしながらも、いたずらっぽく笑った。
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