第49話 カッコ良すぎ

「岩田君、朝、親父さんから試乗の話を聞いてから今まで何をなさっていましたか?」

「あー、ちょっと慣れておこうと思ってFB70に乗ってました」

「それはとても感心ですね。他には?」

「それだけっす」

「そうですか」


 神崎さんは特に表情に変化も無くて、何を考えてるのかさっぱりわかんない。ガンタを褒めてるようにも見えないし、かといって責めてるようにも見えない。何したいの?

 神崎さんがチラリと親父さんを見る。親父さんは難しい顔をして立ってたけど、ふと何か思いついたようにニコッと笑って、神崎さんに向かって顎をしゃくる。そしたら神崎さんちょっと困ったように片眉を上げて、小さく頷いた。

 あのさ。何なん、この二人。何二人で通じ合っちゃってんのよ? これで会話成り立ってんの? 何なのよ?


「岩田君、本来ならこれは親父さんが言うべきことなのでしょうが、敢えて今回は僕の口から先輩として言わせて頂きます」


 ガンタが「え? 俺?」って顔してる。多分あたしも同じ顔してる。けど城代主任は神崎さんと同じような雰囲気で。


「親父さんは朝一番にこのFB80の試乗の話をしました。これは僕たち設計開発サイドの人間にも見せるつもりで、僕たち設計開発チームの前で君に言ったんですよ。ですから僕たちも見せて貰えるならばと、その場で親父さんにここに参加する許可を貰ったんです。君の見ている前で、です」

「はい」

「つまり僕や城代主任、山田さんのような設計開発チームの前で試乗を披露する製造チームの代表として、横尾君でも親父さんでも無い、岩田君がデモンストレーションを任されているんですよ。君がそれまでに準備すべきことは何だったと思いますか?」

「滑らかなデモ運転だと思って練習してたんすけど」

「設計開発チームは何を見に来ていると思いますか?」

「え?」


 ガンタ、固まっちゃったよ。


「わかりません」

「素直でいいですね。わからない時は聞きに来ればいいんです」

「はあ……」

「今回は答えをあげましょう。設計チームが来ている場合は、現行機種との違い、乗り心地の良し悪し、性能の比較、操作性などです。更に山田さんのような開発チームが来ている時は画面コントロールの操作性などもプラスされます。ですからデモンストレーションをする際にはそれらが全て頭に叩き込んである状態でなければ話になりません。君が朝から今までの時間でやらなければならなかったのは、メインコントロールパネルの操作法を頭に叩きこむ事だったんですよ」

「あ……」

「それをしなかった為に、ここへ来て操作法どころか画面の見方を開発者に尋ねる事になり、本来キャブに入る必要の無かった山田さんがキャブに入る事になったんです。山田さんのような素人がキャブで迂闊にその辺に手をついて、マシンが動き出したら大事故に繋がります。実際山田さんがつかまろうとしていたのは右レバーです。つかまった拍子にレバーが前に倒れたら?」

「あ!」

「でしょう? ブームが下がり、その前方に何か、例えば人が居たら大惨事です」

「はい……」

「先程のようなエマージェンシーの時は、先ず素人は動かしてはいけない。フリーズ最優先です。それから君は安全を確保するため、速やかにエンジンを切る。そういった最低限の事が何も頭に入っていません。君のその行動が、親父さんの顔に泥を塗る事になるのがわかりませんか?」

「えっ?」


 しょぼんと俯いていたガンタが、ここにきて急に顔を上げた。


「親父さんは君に手取り足取り仕事を教えているんでしょう? 本来ならこれは親父さんが君に言うべきことなんですよ。ですが今は設計チームの僕が君にその話をしています。第三者が見たらどう思いますか? 『親父さんはこんな初歩的な事を教えていないのか』『別のチームの人間に説明させるのか』と親父さんが白い目で見られる事になるんです。でも、親父さんは恥を承知で僕にこれを言わせたんですよ。に」

「おやっさん……」

「言われた事だけをするのではなくて、必要な事を自分で探し出し、それに優先順位を付けてこなしていく能力が僕たちには求められているんですよ」


 神崎さんの口調は、ガンタを責めるような感じでも諭すような感じでもなく、まるで仕様書の説明をするかのように淡々としていて厭味が無い。このままフツーに「では、次に油圧コントロールシステムについての仕様ですが」って続きそう。


「俺、全然考え足りてませんでした。ありがとうございます」

「先輩として当然の事を言ったまでです」

「はい、ありがとうございます」


 ガンタは素直に神崎さんにお礼を言うと、今度は親父さんに頭を下げた。


「おやっさん、すいませんでした。おやっさんに恥かかせました」


 でも親父さん、ニコニコと笑ってる。


「大丈夫やで~、見てたんは花ちゃんと冴子ちゃんと神崎君だけやからねぇ。他の人の前ではやらんといてや?」

「はい」

「ほなら、あとはヨッちゃんによう絞られときや」

「はい」


 ガンタって素直ないい子じゃん。若いんだし、失敗なんかいくらでもやるだろうけど、あんなに素直に反省して。口だけじゃない感じだったよ。神崎さんに対してもっと朝みたいに敵対心出してくるかと思ったのに。

 で。あたしはますます好きになってしまったんだよ。カッコ良すぎるんだよ。親父さんが!

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