第47話 やろうぜ
つまりさ、昨日と同じなんだよ。またあたしの大号泣で家を出るのが遅くなったあたしたちは裏道をかっ飛ばして行ったんだよ。
「ね、神崎さん、絶対フィガロのシート買った方がいいって。あとフルフェイスのメット」
「何度も言いますがフィガロではありません、それはモーツァルトの歌劇です。それに山田さんが朝から号泣しなければ済む話なんです。いえ、泣くのは構いませんよ、時間さえ押さなければ」
「らって~、神崎ひゃんのご飯、おいひーんらもん……」
「だから、ここで泣かないでください。メイクが落ちますよ」
「ひゃい……」
「というかですね、これだけ派手に横滑りさせているのに平気な顔で助手席に乗っているあなたは、アマゾンの密林状態で心臓に剛毛が生えてらっしゃるんですか? 大抵の人は僕がこのような運転をすると、呼吸という生命維持反応の存在を忘れるんですが」
「らって~、神崎ひゃん、命預けられるもん」
「……え?」
「安心できるよ~? 別に怖くないよ?」
あれ? あたし変な事言ったか? なんか神崎さん、黙り込んじゃったよ。と思ったら、急に目つき変わったよ。
「ついて来てますね」
「んにゃ?」
「後ろ」
うはー! このスピードについて来てるクルマがいる! 朝っぱらからマジかー!
「何あれー?」
「こちらを意識してますよ。『やろうぜ』と」
「何を?」
「峠レースでしょう」
「マジ? やんの?」
「やる訳がありません。今は出勤途中ですし、山田さんの大切な命をお預かりしています」
「そーだよね」
「……GT-Rですよ」
え? なんか最近聞いたことあるよそれ。後ろを振り返る事はできないけど、ドアの横んとこのミラーにその青い車が映ってる。煽ってるよ煽ってるよ。怖えーよ。
……てか! ガンタじゃん!
「大丈夫ですよ。煽られても無視しますから。僕は僕の走り方しかしません。ご安心ください」
宣言通り、神崎さんは会社に着くまで(あっという間だったけど)ガンタを完全スルーして自分の走りに徹してた。てゆーか、GT-Rの存在自体を無視してた。神崎マジ怖えー。
デスクに着いたら、ガンタが来たんだよ。
「神崎さん、花ちゃん、はよざいやーっす」
「岩田君、おはようございます」
「ガンタ、ちょっとあんたねぇ!」
あたしの声で、周りにいた人たちが何事かって感じでこっちを振り返る。にもかかわらず、ガンタ、あたしを完全スルーしやがった。
「神崎さん、楽しんで貰えたすか?」
「何をですか?」
「さっきっすよ」
「ですから、何をですか?」
神崎、怖えーーー! 表情一つ変えねー! ガンタも笑ってるよー! てーか、みんなジロジロ見てるし。
「まさか神崎さんもあの道を使ってるとは思わなかったっすよ」
「いえ、今日はイレギュラーケースですよ。山田さんが朝から遅刻のネタを作ってくれましたので。普段はあの道は通りません」
「へぇ。遅刻しそうだとあの道使うんすか。かっ飛ばせますしね。でもワゴンであのコーナーはキツいすよね?」
「そうですね。岩田君のGT-Rはシートからして違いますね」
「神崎さんはノーマルすか?」
「そうですよ。僕は山田さんが遅刻のネタでも作らない限り、飛ばす必要がありませんので。レカロのセミバケットを買うお金があれば別の事に使いますし。君と僕とでは価値観が異なりますからね」
「……そうすか」
そこに親父さんがやって来た。
「おはようさん。二日酔いはおらへんやろな?」
「あっ、親父さーん、おはようございまーす! 昨日楽しかったですね! また飲みに行きましょうね~!」
「お~花ちゃん、おはようさん、元気いいねぇ」
「おはようございます」
「よっ、神崎君、君も酒強いねぇ。日本酒行けるとは思わへんやったわ」
「実は僕は日本酒が一番好きなんですよ」
「ほ~! 俺もやねん。ほんならまた今度きゅーっとな」
「いいですね。喜んで」
「さ、ガンタ行くで。なんでこないなところで油売ってんねんな。今日はFB80の試乗すんねんで」
ガンタが親父さんの後について行こうとした時だ。
「親父さん、僕にもFB80、見せて頂けませんか?」
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