第46話 あふあふ

 既に毎日のルーティンとして定着しつつある洗濯物を干しながら、あたしは昨日の事を考えてたんだよ。

 なんか凄い勢いで逆らえない雰囲気の中、昨夜は何だか尻すぼみになっちゃってそのまま寝たんだけどさ。よーく考えたら、神崎さんが人の恋愛についてどうこう言うのはおかしいんだよね。つってもガンタと付き合う気無いから別にいいんだけどさ。

 でも、あんなに言わなくたっていーじゃん。油圧ショベルちょっと運転したくらいであそこまで言うか?


「山田さん、朝食ができましたよ」

「はーい」


 しかしあたしはそのテーブルに並んだ朝ご飯を見たらさ、もうそんなのどーでも良くなっちゃうんだよ。これ、いつまで続くんだろう? 三日坊主って言葉は神崎さんの辞書に無いらしい。


「神崎さん、今日のお魚ってなーに?」

「シマホッケです」

「何それ」

「カサゴ目アイナメ科ホッケ属キタノホッケの俗称です」

「そーゆーことを聞いてるんじゃなくて」

「山田さんの消費カロリーを考慮しますとどうしても和食になってしまうんですが、もしもパンなどが食べたかったら仰ってください。仕事帰りに買わないといけませんので」

「うん、わかった。でもパンはすぐにお腹減っちゃうから、朝はご飯の方がいいよ。神崎さんのご飯、すっごく美味しいし」

「そう言っていただけると、作り甲斐があります」


 それにしても毎日よくこれだけのメニューを思いつくよね。凄い量だよ。


「ねえ、毎朝大変じゃない? ご飯もお弁当も作って」

「そうでもないですよ。これなんか、鶏がらスープとオイスターソースと醤油を混ぜたところにこの薄切り肉を漬け込んでおいて、朝はレンジに入れるだけです。熱いうちにタマネギの薄切りとレタスにじゃばっと掛ければ勝手に染み込んでくれます。こっちなんかもっと簡単、千切り人参とツナ缶をいっしょにレンジに入れて、粒マスタードで和えるだけです。こちらはアスパラとソーセージをオリーブオイルで……」

「わかった、もういいから。要は簡単なんだよね? 神崎さんには」

「そうです」

「でもこれは全部お弁当なんだよね?」

「ええ、お弁当には汁気の多い煮物が入れられませんので」

「あふっ、あふあふっ」

「炊き立てですから」

「早ふ言っへよ~」

「そんなに急いで食べなくてもご飯は逃げませんよ」


 今日のお味噌汁はなめことお豆腐だよ。刻み葱は後から入れたみたい。しゃきしゃきして美味しい。なめこがにゅるんと口の中に滑りこんで来る。子供の頃、このなめこをどうしても箸で掴んでみたくて悪戦苦闘したんだよなー。

 豆腐もそう、崩さないように掴みたくて、上手く行かなくて、しまいにゃワーワー泣き出して。翌日お母さんてば豆腐を木綿豆腐に変えてくれたんだよなー。

 そんな頃もあったよなー。豆も掴めなくてさ。お正月の黒豆、どうしても箸で食べたくてさ、おばあちゃんがスプーン持って来てくれるんだけど、お箸で無きゃ嫌だったんだよ、あたしは。どーしても箸で食べらんなくて、お父さんに泣きつくとさ、ステテコ姿のお父さんが胡坐かいてそこにあたしを座らせてくれてさ、「花子、ゆっくり取りなさい。慌てる乞食は貰いが少ないって言うだろう?」ってさ。そんであたしが「乞食じゃないもん!」ってゆーんだよね。


「どうかなさいましたか?」


 箸が止まっちゃったあたしを、神崎さんが怪訝な表情で覗き込んでる。


「ううん。……なんか神崎さんのご飯食べてるとさ……なんかさ、おばあちゃんとかお母さんとか思い出しちゃうよ」

「そうですか。……え? まさか……山田さん、またですか?」

「だってぇ~、神崎さんの朝ご飯美味しくて~……」

「ちょっ、ストップ!」

「うあ~~~ん!」


 あたしはまたもや朝から大号泣しちゃったんだよ。

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