第45話 預けられますか

 家に帰ったらさ、神崎さんてばさっさとお風呂入れてさ、なんか明日の朝ご飯かお弁当か何かの下ごしらえ始めんだよ。あんた飲み会の日でもルーティンに変化ナシなんかい? そんであたしがお風呂入ってる間もいそいそと何か作ってんだよ。もしかして、お料理って単純に神崎さんの趣味なんじゃないの? って気がしてきた。

 あたしはお風呂上りになーんにもする気が起きなくて、リビングのテーブルでぼけーっとしながら、神崎さんが冷やしておいてくれたお茶を飲んでた訳よ。

 てゆーかさ、こーゆーお茶とかさ、いつ作ってんのよ? 冷茶ポットとかいつの間に買ったんだよ? しかもさ、緑茶と紅茶だよ? 2本準備してんだよ? 女子力高けーよ。

 とか思ってたら、神崎さんがお風呂から上がって来たっぽいんだよ。そー言えばさ、お風呂上りの神崎さんって遭遇した事無いんだよ。きっともうパジャマなんだろうなー。と思ってふとそっちを見たんだよ。


「あ……」

「やっ、山田さん、いらしたんですか。失礼しました」


 神崎さん、大慌てで洗面所に戻って行ったんだよ。別に慌てなくてもいいのに。

 彼にしては珍しく、パジャマのズボンは履いてたんだけど、上がさ、裸だったんだよ。頭からタオル被ってさ。頭拭きながら出て来たんだよ。

 きっといつも神崎さんが上がってくる時あたしは自分の部屋にいるから、油断したんだろうとは思うんだけどさ。そーんな慌てなくてもいいし。お父さんなんていつもそんなだったしさ、下なんかステテコ一丁だったしさ。

 でもなんかやっぱお父さんと違ってちょっとカッコ良かったよ。つーか色気あったな。腹が出てないからだろーな。つーか、なんか神崎さん鍛えてるっぽかったな。着やせするタイプ? 結構筋肉質っぽかったよな。

 つーかまず神崎さんステテコ履かんし。いや、ステテコの神崎さんてのもいいかも。ウケるわー。『フーテンの神崎さん』とか想像するとチョー笑える。「手前生国と発しますは~生まれも育ちも……」あ、そう言えば神崎さんてどこの人なんだろ? 柴又だったら激ウケる。

 なんてアホな事考えてたら、ちゃんとパジャマ着て出て来た。


「先程は大変失礼しました。共同生活をしているにもかかわらず油断しました。申し訳ありません」

「別に~。お父さんいつもあんなカッコだったし。てゆーか神崎さんて何かスポーツやってんの? いいカラダしてたね~。もっかい脱いで見せてよ」


 ん? 神崎さんが珍しくギョッとしたような顔してる。


「……あのですね、山田さん」

「なん?」

「いいですか、あなたと僕が一緒の家に住んでいるのは確かに不幸な事故かも知れませんが、仮にも年頃の独身男女が一緒に住んでいるんですよ? いくらご自分を野生のカバと認識しておいででも『脱いでくれ』などと女性が軽々しく冗談でも言うものではありません」


 なんか今、さりげに会心の一撃を2連チャンで食らったぞ。不幸な事故ってどーゆー意味よ。野生のカバって言うの何度目だよ。


「あたしカバじゃないし」

「あなたがそう仰ったんです。僕はそのように認識しておりません」

「だって今カバって」

「あなた自身がご自分を野生のカバと思っていても、一緒に住んでいる僕がそう思っていないと言ってるんです。妙齢の女性に『脱いでくれ』と言われてるんですよ、僕は」


 野生のカバ野生のカバって何度も言うなー!


「これを城代主任と浅井さんに置き換えてお考えください。城代主任が浅井さんに『脱いでくれ』などと言ったら浅井さんどうなさるとお思いですか」

「そりゃー浅井さんなら大喜びで脱いでそのまま押し倒……」

「山田さん。それ以上は独身男性と二人きりの部屋で女性が発する事が許される言葉ではありませんので慎んでください。お願いします」


 お願いされたよ。


「てゆーかね、あたしをいくつだと思ってんの? 小学校6年生の保健体育じゃないんだからさ。大体、神崎さんだって野生のカバに発情なんてしないでしょ?」

「ええ勿論です。野生のカバに発情するほど困ってません」


 なんか酷い言われよう。


「ですが、あなたは野生のカバじゃないんですよ? 僕が野生のカバに発情しなくても、山田さんに欲情したらどうなさるおつもりですか?」

「え? 神崎さん、あたしに発情すんの? デブ專?」

「違いますっ! もしもと言う話であって、僕は山田さんに欲情なんかしませんよ」


 さりげにメチャクチャな事言われてね? しかも否定強えーよ。てか失礼だろ!


「神崎さん、あたしに喧嘩売ってんの?」

「なんで僕が山田さんに喧嘩を売らなきゃならないんです? あなたがあまりにも無防備なので心配しているのがわかりませんか? いいですか山田さん。あなたがあまりにも隙がありすぎるから岩田君に迫られるんでしょう?」

「迫られるって、コクられただけじゃん。大体こんなカバに声かけてくれる人なんてめったに居ないんだよ?」

「そうじゃなくて。あなたは明日の朝からここに岩田君に迎えに来られても良かったんですか? 週末は岩田君とデートなさるんですか?」

「何かマズイ?」


 神崎さん、はぁっ……と溜息ついて深呼吸してるし。


「いいですか山田さん。岩田君は走り屋です。週末デートと言えば必ずあなたをドライブに誘うでしょう。ですが走り屋と言うのはスピードを出す事を楽しむんですよ?」

「絶叫マシンみたいでいいじゃん」

「良くありません。絶叫マシンは決められたレールの上を走行するんです、1次元上の移動でしかありません。ですがクルマと言うのは2次元上を運転手の意志によって自由に走行する事が可能なんですよ?」


 今更何を当たり前のことを小難しく言ってるんだ?


「僕も今朝やったので人の事は言えませんが、一般道路でそんなにスピードを出したら危険ですし、彼のテクニックでは正直命がいくつあっても足りません」

「なんで神崎さんがガンタ君のテクニックとかわかんのよ?」

「岩田君と一緒にFB70の試乗をしたからですよ。油圧ショベルを運転する時の彼の目線の動きや操作を見ていれば、彼が走り屋だという事も分かりますし、そのテクニックがどれ程のものかという事くらい僕にだって判ります。その僕が言ってるんです。確かに彼は速いでしょう。でもマシンが速いだけです、テクニックはありません」

「そ……」

「山田さん」


 へ?

 いきなり両肩を掴まれた。神崎さんがすっごい真剣な目であたしをまっすぐ見てる。


「彼に命を預けられますか?」


 

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