第44話 笑ってる
その後、三人娘とヨッちゃんとガンタはカラオケに行っちゃってさ、年寄り5人は別の店に飲みに行ったのよ。年寄りつってもあたしは29歳だからね! 一応20代だから! 神崎さんだって31だし。
次の店では年寄りばかりなんでキャピキャピと盛り上がるわけではなく、まったりとした感じだった訳よ。しかも親父さんと神崎さん、二人で日本酒やってるし! 浅井さんはずっと城代主任を口説いてるし! しかも浅井さん相手にされてないし!
「さっきの席ねぇ、花ちゃん側の並びは花ちゃん以外全員製造グループやったんやで。神崎君の方は萌乃ちゃんが事務であとはみんな設計グループ。偶々やったけどね。これで花ちゃんもFB80関連のメンバーの部署が覚えられるやろ?」
「えーと、じゃあ城代主任と浅井さんと恵美ちゃんが設計で、萌乃ちゃんが事務、ガンタ君とヨッちゃんと沙紀ちゃんと親父さんが製造?」
「そうやで」
柔らかい語り口で親父さんが教えてくれる。ホントこの人って安心するわー。この仕事って、同じ部署よりも同じ機種のマシンを作ってる人の連携の方が重要になるから、あたしたちはFB80って言う油圧フォークバケット車の開発チームとして繋がってる訳よ。だから部署の違う神崎さんと一緒にここに居る訳なんだけど。
「ガンタはなぁ、千葉の子ぉなんや。東金とか言うとこの子ぉでな、なんやチームとか言うのん入ってたらしいねん」
「ええっ、チーマーですか!」
「言うてもバイク乗りや無うてクルマの方のな」
神崎さんが、無言でチラッと親父さんを見る。親父さんはにこっと笑うだけ。
「去年、建設作業員として地元で働き始めたらしいんやが、メンバーからの誘いが絶えんと、嫌気が差して年末にこっちに来てん。向こうでは一般道走っとったらしいねんけどな、こっち来て春から峠攻めよ思たらしいんやわ。それが2月にここいらの若いのんと喧嘩して、ボロボロになっとったとこを俺が拾って、この会社に入れたんや。今は俺がつきっきりで仕事教えてんねん」
マジすかー、親父さんメッチャいい人じゃん。
「だいぶ人間的に丸うなって来たけどな、クルマの事になるとプライドが許さへんねんやろな。さっきのはキッツぅ効いたと思うで」
「しかし、ああでも言わないと本当に勝負させられそうでしたので……。岩田君はご存知ないんですね、鈴鹿のマイカーランがどんなものか」
「やっぱり神崎君は知ってはったんやな」
「レースができると思っていたんでしょうね。まあ、実際レースができたとしてもワゴンがGT-Rに勝てる訳がありませんから、咄嗟にあのような口から出まかせを……」
「神崎君」
急に親父さんが神崎さんを正面から見た。何か迫力あるよ、静かな威厳つーか。
「俺の目ぇは節穴ちゃうで。神崎君にFB70を運転して貰ろたんは何の為や思うとる?」
神崎さんが観念したように笑いながら日本酒に口を付ける。そう言えばこの人ってビールが似合わんわ!
てかFB70って現行機種じゃん。そんなの乗ったんかい。いつの間に?
「そんなやから、まあ、ガンタの事は赦したってや」
「特に気にも留めていませんよ」
「ねえ親父さーん、油圧ショベルなんか乗って、普通車の運転とかわかるもんなんですかー?」
「そうやな。俺はな」
うあっ、なんか今のカッコいいよ! きっと浅井さんにはわかんねーんだよ!
「そうね、浅井君じゃわかんないでしょうね」
「酷っ、城代さんそりゃないっしょ? ま、そやけど」
あたしが思っても敢えて言わなかった事をシレッと言うんだよ、城代主任って人は。絶対に真性ドSだ。
「親父さんはずっとこの仕事をなさってらっしゃるんですか?」
「いやぁ、昔は鈴鹿で働いとった。ガンタには内緒やで」
「親父さんには敵いませんね」
神崎さんが心底楽しそうにしてるよ。この人、こんな顔するんだ……。この神崎さんにこんな笑顔を作らせるなんて、恐るべし親父さん!
「良かったねぇ、花ちゃんには神崎君が付いてて」
「ほえ?」
「完璧な花ちゃんのガーディアンやな。羨ましいねぇ」
「カーディガンですか? 神崎さんの? 梅干カラーの?」
「ちゃうがな」
え? え ?え? 何だかわかんないけど、神崎さんがフッと笑って俯き、親父さんがハハハと笑ってる。
「浅井君もしっかりせんと冴子ちゃんは落とされへんで」
「もう~、おやっさん、勘弁してくださいよ~」
「そうね、浅井君じゃあねぇ……」
「城代さん、meの何があかんのよ~? つーかmeも冴子さんて呼んでいい?」
「馬鹿ね。スタンダールでも読んで出直しなさい」
あたしはそんな城代主任と浅井さんの掛け合い漫才を聞きながら、幸せそうに微笑む神崎さんを不思議な気分で眺めた。
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