第42話 ご遠慮いただきます
「え……?」
みんな一瞬静まり返る。その中でもう一度その声が響く。
「山田さん。俺と付き合って下さい」
「ガンタ君?」
「俺、山田さんの事が好きっす。昨日今日と山田さん見てて、なんて可愛い人なんだって。ずっとニコニコして、めっちゃ楽しくて、可愛いっす。お願いします」
もうその後は大騒ぎだ。
「ガンタ行け~押せ~!」
「花ちゃん、返事は?」
「ガンタ押しが弱ええええ!」
「城代さん、meと結婚し……」
「浅井君、今関係無いから」
「花ちゃんどーすんねん」
「神崎君はどう思う?」
最後の親父さんの一言でピタッと喧騒が止んだ。
「さあ。山田さん次第ですし、僕はどうこう言える立場にありません。ですが、強いて言うなら、ここには一カ月しかいない訳ですし、その後も長距離恋愛を続ける覚悟であればよろしいのでは? そうでなければ一カ月間の恋人として期間限定で付き合うか、または一切そう言った関係をナシに考える、またはいっそ身体だけの関係というのもアリでしょう」
親父さんがくっくっと笑ってる。
「……と言いたいところですが、岩田君にはご遠慮いただきます」
はぁ?
「きっぱり申し上げますが、現在僕は山田さんの隣の部屋に住んでいます。夕食も朝食も一緒ですし、会社への行き帰りも一緒です。ですので、岩田君と山田さんがお付き合いする事でそのサイクルが乱れると、僕の生活に影響が出ます。申し訳ありませんがご遠慮願うのではなく、ご遠慮いただきます」
神崎さん、ガンタを正面から見据えて当然のように言いやがったよ。すげー目ヂカラだよ。
「ねーそれって、神崎さん、朝食も一緒って何、どーゆー事なん?」
「隣の部屋なのに? わざわざ来るの? 花ちゃんが?」
「そうですよ。山田さんは有り得ないほど全く料理の出来ない人で、放っておくと朝食は食べない、昼食はコンビニ弁当、夕食はファーストフードなんて事を平気でやらかす人です。それによって栄養バランスが偏り、仕事に影響が出ます。実際、山田さんの仕様書には毎日新たなミスが発見でき、それに関するメールを朝一番に彼女に送付すると言うのが僕のルーティンに組み込まれている状況でさえあります。朝食をしっかり取って脳にブドウ糖を補給しておいていただかないと、僕の仕事が無駄に増えることになりますので、ここは譲るわけにはいきませんね」
神崎さんは本当に自己申告通り『きっぱり』と言い放った。しかも淀みなく流れるように滑らかにスラスラと、まるで準備された原稿を読むかの如く。しかも有り得ないほど全く料理ができないって……。
「ですが、僕の生活に影響しないのであれば山田さんがどなたとお付き合いなさろうと僕の関知するところではありません」
神崎さんは表情一つ変えることなくここまで言うと、涼しい顔で再び眼鏡のブリッジを中指と人差し指でキュッと上げるんだよ、その仕草が怖えーんだよ。
「あのー……あたし的にはですねー……」
うをををっ、みんな一斉にこっち見んのやめろよー!
「まだ全然わからないんで、会社のお友達って事で仲良くさせて貰いたいんですけど、それでいいですかー?」
「お友達からの付き合いと言う事っすね、わかりました。俺、岩田純って言います。みんなと同じようにガンタって呼んでください。俺も花ちゃんて呼ぶっす」
「はあ……純君でガンタ君ですね、わかりました」
「あのっ! 早速っすけど、俺、明日から朝、花ちゃんを迎えに行きます。一緒に会社行きましょう」
「ええっ? ちょっ……それはちょっと……」
「困りますね」
唐突に神崎さんが割り込んできた。
「山田さんの隣が僕の部屋だと先程公表したばかりです。山田さんの部屋が知られると言う事は、僕の部屋も知られると言う事です。個人情報保護の観点から、それはご遠慮いただきたい。それにですね、岩田君はあまりその辺の事まで気が回るほど成熟されていないようですが、個人のプライベートに関わるような事を迂闊に口にするものではありませんし、人前で断りにくいような事を頼むものではありません。これでは山田さんがいくら野生のカバ並みの図太い神経でも、みんなの前で君に恥をかかせるような事はできないと気を遣って、断りたくても断れないでしょう。そう言った事にも気を回せるようになっていただきたいものです」
毒舌とかじゃなくてさ、これ、個人指導の対象が変わっちゃってるよ。みんなドン引きだよ、凍りついちゃってるよ。あんたが一番空気読んでねーよ。
「いやあ、ほんまに神崎君は言いにくい事をはっきり言ってくれるねぇ。神崎君が言わへんやったら俺が言わなあかんやったなぁ」
親父さんが実に楽しそうに神崎さんにビールを勧める。彼は黙って頭を下げながら注いで貰ってるし。なんか神崎さんと親父さん、妙に気が合ってるようで二人楽しそうだよ。
なんだか変に空気がひんやりとしてしまったもんだから三人娘がなんやかんやと話を盛り上げようとしたんだけど……それがまた問題を起こすわけで。
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