第40話 眼鏡怖えーよ
「いいですね、山田さん、一切余計な事を言わないでくださいね。一緒に住んでる事がバレて困るのは、僕では無くて山田さんですからね」
「はい……」
あたしらは一旦家に帰って、普段着に着替えてから会場に向かった。どうやらこの辺の人はみんなそうするみたい。クルマ通勤の人が多いからだろうか。こんな山の中じゃ、クルマ通勤以外有り得ないもんなー。
そんで、あたしはいっぱい食べられるように、お腹を締め付けないストンとしたワンピースにレギンス履いて、いつものペッタンコ靴で出かけたわけよ。これならどんだけ食べても飲んでもだいじょーぶっ!
で、神崎さんは……シャンブレーの淡ピンクのシャツに例の梅干レッドのカーディガン羽織って、やっぱ細身のジーンズ履いてる。だからさ、ただでさえ脚長いんだから細身のジーンズやめよーや。すんげー長く見えるし。その脚であたしの横に立つな。
「あれ? 今日は眼鏡で出かけるの?」
「ええ、ずっとコンタクトだと疲れますので」
まあ、確かにいつも夕方になると眼鏡にしてたなぁ。あの3人の中に眼鏡男子マニアが居たらヤバいわー。
「そう言う山田さんはマタニティウエアですか?」
「フツーのワンピースだからっ!」
とか何とか言いながら、タクシーで行ったのよ。
会場はフツーの居酒屋で座敷を取ってたらしいんだけど、たったの10人、テーブル一つで十分なわけよ。
到着と同時に三人娘はさっと神崎さんを囲んでテーブルの端から2番目に拉致、昼間決めた通りの席順で神崎さんの右に恵美(ここ真ん中)、左に萌乃(ここ端っこ)、正面に沙紀が陣取ってんの。もう笑っちゃうし。すげーよ、ホントにやるよここの女子! しかもやっぱいるよ、眼鏡男子ヲタク。なんか「メガネ似合う~」とか聞こえて来るし。
あたしは城代主任に引っ張られて、神崎さんの対角線上の端から2番目に座らされて、左に若い男の子、右にあたしと同い年くらいの兄ちゃんが陣取ったのさ。あたしの正面は40代のキザ系のオジ兄ちゃんでその隣に城代主任が端っこ。萌乃の正面には50代くらいのオッサンが座ってる。このオッサンは確か製造の方の課長さんか部長さんか何かで、管理職なのに作業服着て現場で溶接やってた職人肌の人だ。
みんな揃ったところで城代主任がそのオッサンに声をかけた。
「親父さん、みんな揃ったんでお願いします」
「はいよ~」
親父さんと呼ばれたそのオッサンは膝立ちになると、ニコニコとみんなを見渡した。
「ほんならね、本社から来たお二人さんには後で挨拶して貰って、まずは乾杯ね。みんな仲良くね~。カンパーイ」
「かんぱーい」
なんだなんだ、この親父さん、ウダウダとクソつまんねー挨拶はパスかい!素晴らしいよ! こりゃー好かれる上司だよ。
そんでだ。あたしの左隣りの若い男の子、ボケーッとしててまるで気が利かない。大丈夫かコイツ? 生きてるか? 一応一番下座で幹事なんだろうけど。それに引き替え右のちょっとチャラい感じの同い年くらいの茶髪男、コイツはよく気が回る。さっさとあたしのグラスにビール注いでくれる。
「俺、横尾言いますねん。みんなにヨッちゃんて呼ばれてんねん。山田さんもそう呼んでや」
「あ、はい」
「山田さん、名前は?」
「花子です」
「ほなら花ちゃんな。ガンタ、花ちゃんのビール足らんで~、もっと頼んでや」
「はい」
あのボケーッとした坊やはガンタと言うらしい。そう言えば岩田さんだったような。あたしの正面の40代くらいのキザ男は城代主任にビールを注ぎながら楽しそうに話をしてる。いかにも城代主任を狙ってる感じバレバレだぞ。
「山田さん、私も花ちゃんて呼んでいいかしら?」
「ああもう大歓迎です。小学校以来ですよ、その呼び方。なんか嬉しいです」
「じゃあ、meも花ちゃんて呼ぶわ」
「はい、ありがとうございますっ!」
と言ったはいいが、あたしは正面の人の名前を知らんのだ。
「あたし、なんて呼んだらいいですか?」
「浅井でいいよフツーに」
「じゃ、浅井さんね」
「meと城代さんはバツイチコンビやさかい」
「え?」
「もー、浅井君てば。彼、去年別れたばかりなのよ」
「そ、かみさんに逃げられましてん」
「なんでー?」
「訊かんといて……泣けてくるし、よよよよよ」
そう言えば浅井さんは城代主任を城代『さん』って呼んでるなぁ。城代主任も浅井さんを浅井『君』って。
「せやし、meは城代さんに愛のコリーダちゃう、会社の中心で愛を叫んでたりするんやけどね。でも神崎君が来たらもうmeなんて霞んじゃって霞んじゃって……」
「浅井さん、相手が悪いわ~。俺かて霞んでんのに」
「ヨッちゃん最初から参加資格無いし~!」
「るっさいわ、恵美かて俺のよーなイケメンを蹴りよったさかい、いつまでも独りもんなんやろが」
「誰がイケメンやって~?」
ほうほう、ヨッちゃんは恵美にフラれた過去があると。城代主任と浅井さんはともにバツイチ。浅井さんは城代主任狙い。これは面白い。しかもこの人たち、隠す気まるで無い。家族状態だ。
「花ちゃんは神崎さんとどーなん?」
「どうって、3日前まで顔も知らなかったんで。メールは毎日来てましたけど」
「なんて? 毎日?」
「うん、『恐怖の神崎メール』って言って、重箱の隅を突くようにあたしのミスを徹底的にチェックしてくんの」
「こ……こわ……」
ヨッちゃん、ちょっとビビりながら神崎さんをチラ見してる。その神崎さんは余裕の表情でヨッちゃんに一瞥をくれながら眼鏡のブリッジを人差し指と中指で押し上げてる。わざとか? わざとなのか神崎、それ、変に迫力あるよ。
こっちはムードメーカーのヨッちゃんと浅井さんを中心に城代主任とあたしと4人で盛り上がっているわけなんだけど(ガンタは相変わらずボケーッとしてる)、向こうは三人娘が神崎さんを囲んでピーチクパーチクとやっていて、そこに親父さんがチョコチョコと絡んでいるようだ。
そして宴が盛り上がると、いろいろな事になる訳で……。
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