第36話 うあーん!

 今朝も昨日と同じように、お味噌汁と炊きたてご飯の幸せすぎる香りであたしは目覚めたんだよ。これって一カ月後には慣れてるのかな? それともずっと幸せなままで居られるのかな? とにかくさ、この香りで目覚めてみなよ、マジで幸せだから。


「おはよーございまーす」

「おはようございます、よく眠れましたか?」

「うん、昨日のワインが効いてぐっすり」

「それは良かったです。山田さん、お酒強いんですね」

「うん、弱くは無いと思う」


 ってもうすっかりタメ語だよ。この人どーせそんなの気にしてないもん。もうどーでもいいし。


「ワインも美味しかったけど、神崎さんのご飯が何より美味しかったよー。あたしゃ幸せだよ、ホントに」

「それは良かったです。もうご飯できますから、顔を洗って来て下さい」

「へーい」


 何だかこの執事とお嬢様チックな関係にも慣れて来たよ。ヴィジュアル的には飼育係とカバの花子だけどさ。

 んで顔洗ってたら、また洗濯機がピーピー言いやんの。また神崎さんが来やんの。


「神崎さん、顔洗ったついでにあたしが持ってくから、向こうやってていーよ」

「そうですか、ではそうさせて頂きます」


 あたしは顔洗って、洗濯物持ってリビングに戻る。なんかこれルーティンになりそうだな。

 パジャマにエプロンの神崎さんが、お弁当のおかずをお皿に並べて冷ましてるのを背中に感じながら、洗濯物を干すのもなんか楽しい。今まで乾燥機にお任せしてたのに、洗濯物を干すのが楽しく感じるなんて、なんかあたしも変わったね。

 あ、神崎さんのパンツ。いかんいかん、毎朝いちいち反応してたらマジ変態だから。これは昨日着てたシャツか。あれ? 気付かなかったけど、こうやって近くで見るとベージュのピンストライプが入ってたんだ。おっされー!

 え? あれ? またパンツ出て来たよ? なんで神崎さん一日にパンツ2枚も穿いてんの? えええっ? Tシャツ? あの人Tシャツなんて持ってたの? てゆーかいつ着てたの? えええええっ? ジャージも出て来たよ。ジャージで寝てんの? でもパジャマ着てるよ? ま、いいか。深く考えない事にしよう。


「できましたよ」

「こっちも終わったー」

「じゃあいただきましょう」

「はーい」


 なんか普通に家族っぽいよ。あたし変に順応性高いんだよ。多分、今すぐモンゴルとか行ってもフツーに今晩からゲルで生活できるよ。


「うわー! 今日のお魚、なにー?」

「これは鯵です」

「アジ? サバと見分け付かないんだけど」

「鯖はもっと脂が多いですよ。ほらここ、この体側にちょっと目立つ線があるでしょう?この稜線を『ぜいご』と言いまして、これで鯵と他の魚を見分ける事ができるんですよ」

「そーなの? うは~、おいひ~。アジ、好み~!」


 しかもさ、なんつーかどっかの旅館みたいにさ、鯵の隣に煮物が添えられてんのよ。人参と隠元としめじの煮物。色が綺麗なんだよ。オレンジと緑としめじの茶色の傘がさ。キャベツの塩もみなんかあるんだよ。それも赤紫蘇? ゆかりってゆーヤツ? がまぶしてあってさ、紫色が綺麗なんだよ。お味噌汁もさ、今日は油揚げと葱なんだよ。マジでシャレにならんほど美味しそうなんだよ。って美味しいんだけどさ。

 あたしさ、今まであんまり和食って食べなかったんだよね。てかファーストフードばっかだったし。菓子パンよく食べてたし。和食つってもコンビニ弁当なら食べたよ? 鶏五目御飯弁当とかさ。でもあれってさ、こんなの見た後で和食なんて呼べないから。

 なんか幸せすぎて嬉しすぎて、涙出てきた。こんな幸せあるか? 朝からこれだぞ?


「山田さん? どうなさったんですか? どこか具合でも悪いんですか?」

「ううん、そうじゃない」

「大丈夫ですか? 病院、行きますか?」

「違うんだよー。美味しすぎてさ、幸せすぎてさ、嬉しいんだよー」

「は?」

「神崎ひゃーん」

「山田さん? 本当に大丈夫ですか?」

「うあーん」

「山田さんっ?」


 不覚にも。ご飯が美味しすぎる幸せにあたしは朝から大号泣したんだよ。自分でも訳わかんないんだよ。でもさ、この艶々に輝く炊きたてご飯、湯気の立ち昇るお味噌汁、尻尾の焦げた鯵の塩焼き……うあ~~~ん!

「山田さん?」

 オロオロした神崎さんが、あたしの横に来て背中をさすってくれた。おっきい手だ。なんか優しいよ、神崎さん。こうやって油断させておいてまた会心の一撃とか繰り出してくるのはわかってんだけどさ。でもなんか嬉しいよ。うあ~~~ん!

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