第35話 ピンクのワイン
お風呂を上がると既に、リビングにはあたしの胃を猛烈にシェイクする香りが充満してたのよ。コレは何? 何の香りなんですかー!
「ちょうど夕食ができました。パスタですが宜しいですか?」
「パスタ……ですか」
「お嫌いですか?」
「いえ、大好きです。すんごくイイ匂いがしてるんで、一体何なんだろうって思って……」
もうあたしは胃から手が出るほど食べたくて、首からタオル下げたまま席に着いた。
「にんにくと鷹の爪の香りでしょう。あっ、髪の毛ににんにくの匂いが付いてしまいますか。すみません、そこまで気が回りませんでした」
「へ? ああ、そんなことあたし気にしませんよ。ラフレシアの前でシュールストレミング食べれますから」
「山田さんが思いの外ワイルドな方で助かります」
今朝もそのセリフ聞いたよ。
「食べていいですか?」
「あ、どうぞどうぞ、冷めないうちに」
「いただきますっ!」
「いただきます」
それは想像を絶する味だった。あたしは外食ばっかしてるから、こんなのいっぱい食べてるんだよ。だけどさ、何これ、筆舌に尽くし難い美味しさなのよ!
「これ何でふかー!」
「ただのアーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノです。ショルダーベーコンで風味を付けて、茹でキャベツで嵩増ししてますが。一応山田さんのカロリー管理には気を付けているつもりです」
「カロリーまで考えてくれてるんでふか~? あああ~このにんにく堪らんわ~! ベーコンって、これ、おせんべっぽいですよ~」
「ええ、最初ににんにくとベーコンを多めのオリーブオイルで揚げるような感じにするんですよ。そうするとオイルににんにくとベーコンの香りが移って、しかもちょっと香ばしくなるんです。ベーコンもカリカリになって食感に変化が出ますし」
「キャベツも甘くて美味ひ~~~!」
あたしが悶絶しながら食べてる前で、相変わらず神崎さんはスマートにスパゲティをくるくる巻いている。
「山田さん、本当に美味しそうに食べますね」
「神崎さん、全然美味しそうに食べませんね!」
「えっ?」
「こんな美味しいもの食べてんのに、なんでいつも真顔なんですか? もっと幸せそうに食べたらどうです? あたしが幸せそうに食べてるの、バカっぽいですか?」
「いえ、見てる方が幸せな気分になりますが」
「でひょ? あたひも神崎ひゃんが美味しそうに食べてる方が、一緒に食べてて幸せでふ! もぐもぐもぐ……」
キョトンとしていた神崎さんが、不意にクスッと笑った。
「僕はそんなに不味そうに食べてましたか?」
「うん。ってゆーか味わってないみたいに見えます」
「そうですか……」
「ね、いつも何考えながら食べてんの?」
「塩加減が強かったかな? とか、これはバジルを入れても合うかな? とか」
「ねえ、神崎さん」
「はい」
「食事って楽しむものだよ?」
「……楽しむ」
「味とか会話とか雰囲気とか、そーゆーの楽しもうよ。こんなに美味しいもの食べてるんだからさ、一緒に幸せ感じようよ」
「一緒に幸せですか」
「あ、なんかそういう風に言うと、新婚夫婦みたいだよね」
「そうですね」
あ、やべ、変なこと言っちゃったかな? でもいいや、神崎さん気にしてないみたいだし。こーゆー時、珍獣はある意味扱いやすいかも。
「これ何?」
「魚介のカルパッチョです。サーモンと海老と帆立がメインですが、山田さんのカロリーを考えて野菜を多めにしてありますから、安心してどうぞ」
「ありがとー! すんごくおいひー。こっちの赤と黄色のピーマンも美味しいよ」
「これは僕も好物なんです。パプリカを直火で焼いて、オリーブオイルとワインビネガーをかけて塩を振っただけなんですけどね。お酒が飲みたくなりますね」
「あーん、飲みたい! 一昨日のピンクのワイン、飲みたいー!」
「ありますよ」
「え? ホント? いつ買ったの?」
「昨日買ったじゃないですか。飲みます?」
「うんうん、飲むー!」
「では僕もご一緒します」
神崎さんは手際よくコルクを抜いて、グラスに注いでくれる。なんかさ、ソムリエってゆーの? アレみたいだよ。良く知らないけどさ。カッコいいよ。いえね、ワイングラスなんか無いからさ、フツーのグラスだよ? でもチャコールグレイの無地のエプロンがよく似合っててさ、ホント黙ってりゃイケてんだよ。
「僕はワインなんてよくわかりませんから、適当に買ってしまいましたんで。お口に合うかどうかは責任持てませんよ。山田さんがロゼを気に入ってらしたんで、取り敢えずロゼにしたと言うだけで」
「あたしだってわかんないもん、いーのいーの」
「では乾杯しましょうか」
「神崎さんの美味しすぎる料理にかんぱーい!」
ふと、神崎さんが微笑んだ。
「山田さん、可愛いですね」
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