第34話 邪魔ですね

 怒ってたっぽい割には、神崎さんてば家に着くなり下だけ部屋着に履き替えて(つってもソフトジーンズだけどさ)エプロン着けて、さっさとお風呂沸かして、乾いた洗濯物を畳んで、キッチンに立ったのよ。

 そんで言った言葉がこれよ。


「山田さん、お弁当箱出してください。洗っちゃいますから」

「えー? 作って貰ったんだから、洗い物くらいしますよー」

「いえ、山田さんが一緒にキッチンに立つと、狭くて身動きが取れないんです。夕食が早く食べたかったら、お弁当箱だけ出してキッチンに入らないでください」

「はーい……」


 もうさ、なんも言えないじゃん。事実なんだからさ。そりゃキッチンにカバが居たら邪魔だろうよ。だからって『身動き取れない』ってそんな直接的な表現があるかい。まあ、邪魔だっつってんだから、あたしゃ手伝いませんよ。


「山田さん、今日は洋食でも構いませんか?」

「作ってくれる人に注文なんか出せる立場じゃないです」

「了解しました。お風呂入ってください」

「あ、はい」


 はいはい、邪魔なんだよね。入ります入ります。何でも言うこと聞きます。


 で、お風呂入ったさ。今日こそ下着は自分でネットに入れといたさ。マタニティって言われたくないからね。また湯船に浸かって反省会さ。

 そう言えば、神崎さんて今朝何時に起きたんだろう?あたしが起きて来た時に洗濯機がちょうど止まったんだよ? 6時過ぎには回してたって事だよね? で、ご飯作ってお弁当も作ってくれててさ。ご飯食べたら、お風呂掃除してくれてさ。だからこうやって帰ってきてすぐにお風呂に入れるわけで。昨日買い物に行った時気づかなかったけど、浴槽ブラシとか洗剤もちゃんと揃ってた。シャンプーくらいしかあたしは思いつかなかったのに。

 冷蔵庫だってさ、一番最初に氷を作るところからスタートだよ? 普通それ、男子が思いつくか? あたしだって少しくらい神崎さんの役に立ちたいとは思ってるんだよ? でもさ、ぜーんぜん隙がないじゃん。何でもいいよ、何でもいいからちょっとくらい役に立ちたいよ。そんで「一緒に派遣されたのが山田さんで良かったです」なーんて言わせたいよ。

 だけどさ、キッチンにさえ入れて貰えないんだよ? どーするよ? せめて風呂洗いくらいする? でも朝、洗濯して、その後でしょ? 会社行く前に風呂掃除? ありえない。神崎さん、良く平気でやってるよね。毎日のルーティンなのかな? あたしの朝のルーティンに風呂掃除とか洗濯なんて言葉は無いよ。

 そうだ、それなら休日だけでもあたしが家事をやるって事にすればいいんだ。平日は絶対無理だし、休日なら多少時間がかかっても問題ないし。ご飯だってあたしが作ってあげればいいんだ。……って待てよ?あたし、何が作れるんだ? いつも何食べてたっけ?

 コンビニ弁当、菓子パン、カップ麺、ハンバーガー……。ダメじゃん。自分で作ってないじゃん。とりあえず、味噌汁は作れる。お湯沸かして、お味噌を溶かして、乾燥ワカメを入れればきっとオッケーだ。ご飯くらいは炊ける。米と水を同じ量にすればいいんだ。後はおかずだよね。肉とキャベツを炒めて、焼き肉のたれでもかけておけばそれっぽくなる。バーベキューなんてみんなそんな感じだし!

 なんか楽しくなってきた。あたしでもできそうじゃん。それでリンゴでもウサギさんに剥いたら、なんかデザートっぽいじゃん? ウサギさんにするのってどうやってやるんだ? まあいいや、あとでネットで調べよう。

 何だか土曜日が楽しみになって来た。ワクワクしながらお風呂を上がったあたしを待ち受けていたのは、胃を絞られるような香りだった。

 

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