第32話 帰宅ダッシュ
今日は初日だったんで、そんなに大した問題も起こらず定時で帰れることになったんだけど、神崎さんのクルマで一緒に出勤したあたしは神崎さんと一緒に帰らないと帰りたくても帰れない訳で。その神崎さんも現在、帰りたいのに帰れない状況にある訳で。
なんとなれば、神崎さんは女性社員に次々夕食に誘われている訳で……。
「すみませんが、僕はこれから帰ってやる事がありますので食事はまたの機会にしていただけると助かります」
と全ての女性に同じ断り文句を言ってる訳なんだけどさ、『またの機会なんて一生来ないから』って感じの顔で言ってるところが何てゆーか……。それでもめげない女子社員達もどーなんだか……。
やっと彼女たちを振り切ってあたしのところに来た神崎さんは、ゲッソリと疲れ切った様子であたしに助けを求めるかのように言ったのだ。
「お待たせしてすみません、一刻も早く帰りましょう!」
なんか心の中で笑っちゃった。この神崎さんが必死になってるよ。可愛いよ。神崎さんはあたしの大きなランチバッグ(殆どフツーのトートバッグ)をさっさと持ってどんどん先に歩いていく。まさに『逃げるように』と言った感じ。あたしも置いて行かれちゃ敵わんから、ドタドタと地面を揺らしながらついて行くんだけど、神崎さんてば無駄に脚長いからホントこっちは必死だよ。
クルマに着いたら神崎さんてば『早く乗ってくれ』とばかりに助手席のドアを開けてあたしを待ってる。あたしが乗り込むと同時にドアをバタンと閉めて、自分もさっさと運転席に乗り込んでエンジンかけてるし。
「どうされました? 息切れなさってるようですが」
「だって神崎さん速いんだもん。あたしずっと走ってたんですよ!」
「そうだったんですか? これは気づきませんでした」
「あんなに地響きしてたでしょ」
「そうですか? ちょっと僕には余裕が無かったので気づきませんでしたが」
まあ、そうだろうね。全く余裕無かったよね。
神崎さんがギアをバックに入れる。綺麗な手だな……。なんて思ってると何故か突然あたしのところの窓を開けた。
へ? と思って窓を見ると、城代主任があたしに向かって何か言ってる。
「あ、城代主任、お疲れ様です! お昼楽しかったです~。また誘ってください」
「山田さん、神崎さん、明日定時後にあなたたちの歓迎会やりたいって言ってるんだけど、予定空いてるかしら?」
「へ?」
あたしは咄嗟に神崎さんを見た。神崎さんは一瞬ウンザリしたような表情をしたが、運転席から声を上げた。
「特に何も予定はありません」
「あたしもです。歓迎会なんて、ありがとうございます~! 嬉しいです~!」
「じゃ、みんなにそう言っとくわね。お疲れさま、また明日ね」
「お先に失礼しまーす」
神崎さんは笑顔も見せずに城代主任に軽く会釈をすると、そのままクルマを出した。
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