第31話 へ~!

 よくあるじゃん? 自然公園とかにさ、木のテーブルとさ、木のベンチがあってさ。そーゆーのがいくつかあんのよ。ちゃんとガーデンパラソルとかあんのよ。

 その中の、一番お花が綺麗に見える最高のロケーション、知ってんのよこの人は。ええと城代さん。城代主任ね。

 そこに3人でお弁当広げたのよ。お花畑に対して直角に設置されたテーブルにさ、あたしと神崎さんをお花側に座らせてくれてさ、「私はいつも見てるから」って自分は奥の方に座ってさ。いい人なのよ。ただね、当たり前のように神崎さんの隣に普通の顔で座ってるところが、なんかちょっとこうモヤッとしたんだけどさ、そりゃ、あたしが二人分の場所取ってんだから当然と言えば当然でさ。

 

「うっわ、可愛い!」


 城代主任のお弁当がすんごく可愛かったのよ。小っちゃいお弁当箱に、タコさんウインナーとか小っちゃいおにぎりとか、なんか幼稚園児のお弁当みたいなのよ。


「娘のお弁当のついでに作ってるから、どうしてもこんな感じになるのよ」

「えー、お嬢さんおいくつですか?」

「3歳。娘のはアンパンマンとかそんなキャラ弁なのよ。それより山田さんのお弁当、とっても豪華ね。朝からよくそんなの作れるわねぇ。いいお嫁さんになるわよ」

「いえ、これは……」

「出張先でまでお弁当作るなんて偉いわね。あら、神崎さんの分も作ってあげてるの? おかず、同じみたいだけど」

「いえ、そうじゃないんです。これ、神崎さんが作ってくれたんです」

「え?」


 神崎さんは知らん顔であたしの5分の1ほどの量のお弁当を食べている。厳密に言えばあたしが神崎さんの5倍の量のお弁当なんだけど。


「神崎さん、凄いのね。あ……もしかしてお二人はお付き合いしてるの?」

「違いますっ! 先週まで顔も知りませんでしたっ!」

「そ、そんなに急いで否定しなくてもいいんだけど……」


 城代主任はあたしの勢いにちょっとビビってたけど、ここはハッキリしとかなきゃ! この男はあたしを野生のカバ(メス)だと思ってんだから!


「私、お邪魔しちゃったかしらって思ったけど、そういう訳ではないのね?」

「はいっ! 全く問題ありませんっ!」

「それにしても……ちょっと見せてね。鮭の塩焼きに厚焼き卵、ピーマンの肉詰め、これはセロリのピクルス? こっちはプチトマトを半分に切ってチーズを挟んだのね? ああ、これ凄く参考になるわ。ほんと、お弁当って毎日の事だからマンネリ化しちゃってね。プチトマトも間にチーズを挟むだけでこんなに可愛くなるのね。こっちは何? キュウリの千切りを海苔とハムで巻いたの? 素敵、なんでこんな事思いつくの?」


 神崎さんは相変わらず表情一つ変えずに食べている。


「しかもメチャクチャ美味しいんですよ、あたし、もうホント、昨夜は美味しすぎて倒れるかと思いましたから~」

「え? 晩御飯も作って貰ったの?」

「ええ、そうです、あたし達同じ……」

「たまたまたくさん作ったので山田さんに食べていただいたんです」


 いきなり神崎さんが有無を言わせない勢いで割り込んできた。あたしに何か言いたげに一瞥を送ってきて、そのまま唐突に話題を変えた。


「それにしても綺麗なネモフィラです。これはインシグニスブルーですね。個人的にはマキュラータやペニーブラックも好きですが」

「あら、よく知ってるのね」

「ムラサキ科の花と言えばワスレナグサもムラサキ科ですね。城代主任、ネモフィラの花言葉、ご存知ですか?」

「え? 花言葉? 知らないけど」

「……『可憐』だそうですよ」

「へーえ、確かに可憐な花よね」


 なんでこんな事知ってんの? マニアックだよあんた。


「昔、ネモフィラと言う女性に恋をした男性が居たそうです。その男性は『ネモフィラと結婚できるなら命を捧げてもいい』と毎日祈り、遂にネモフィラと結ばれたんですが、結婚したその日に亡くなったんです。文字通り命を捧げてしまった。悲しんだネモフィラは夫に会いたい一心で冥界の入り口まで行くんですが、門は閉ざされていて夫には会えず、その場で泣き崩れてしまいます。それを見た神が、彼女を気の毒に思って一輪の可憐な花に変えたんだそうです」


 あたしと城代主任は同時に「へえ~!」とハモっていた。


「神崎さん、物知りなのね」

「偶々知っていただけです。あまりにも綺麗な花畑だったので思い出してしまいました。チューリップはピンクダイヤモンドでしょうかね」

「そうそう、ピンクダイヤモンドって言ってたわ。ホント良く知ってるわね」


 それから神崎さんと城代主任は花の話で盛り上がって、あたしはずっと「へ~」しか参加できなかった。

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