第30話 主任? 家老?

 出張先の京丹波工場は……まあ、工場だし、そもそもが建設機械屋さんだし、オトコばっかで女性の姿はチラホラしか無い訳よ。そこにさ、20代の女子が派遣されんだからさ、ちょっとは話題になってた訳よ。

 ところが来たのが野生のカバだったのよね。女子じゃなくてメスよ。あまりにもあからさまな『残念な空気』ってヤツにさ、まああたしも地味に凹んだりするわけなんだけど、それももう慣れてるってゆーかさ。実際野生のカバだし。

 そんな事より、『どーせオッサンが来るんでしょ?』くらいで全く期待してなかったであろう女子の皆さんが、想定外のイケメンが来た事で大騒ぎになってたのよ。まあね、神崎さんは黙っていればイケメンだし、頭いいし、仕事もそつなくこなすし、何でもできるし、身のこなしもスマートだし、……っていいとこばっかじゃん。何か癇に障るわー。

 とにかく黙ってりゃカッコいいのよ。黙っていればね! (ここ大切だから!)

 で、いろいろ聞かれんのよ、女子社員にさ。


「神崎さんて歳いくつか知ってはる?」

「神崎さん、彼女居てはんの?」

「神崎さんてどんな感じの人?」


 本人に聞けばいーじゃん。


「31だそうです。サバ読んでるかも」

「独り者だそうです。彼女居ない歴イコール年齢かも」

「チョー毒舌家ですよ。一撃必殺ですね」


 まあ、そんなんで、『神崎さん』と言う人の話題を中心に、あたしはこの職場に溶け込む事ができた訳。ま、あたしは彼女たちにとって敵になる筈もなく、寧ろ『引き立て役』として貢献してる訳だから、あたしにはすんごく親切にしてくれてさ。

 で、神崎さんはと言うと、相変わらず全く笑顔も見せず、余計な話も全くせず、100%仕事の話だけで、ジョークを振られても華麗にスルーして……あんた、嫌われるよ……なんてちょっと心配になったりして。


 そんなこんなでお昼になったのよ。みんなに社員食堂に誘われたけど、あたしはお弁当があるわけで。男性も女性もみんな食堂に行っちゃうのよ。愛妻弁当持って来てるオッサンとか居ない訳? ってくらいみんな食堂行っちゃうのよ。だもんだから、あたしと神崎さんが必然的に残されるのよ。

 どうしよっかな……って思ってたら、神崎さんがあたしの机にお弁当持ってやって来たのよ。


「山田さん、宜しければ一緒にお弁当食べませんか? 中庭にガーデンテーブルがあったんですが」

「そうですねー。みんな食堂行っちゃったし。一緒に食べましょっか」


 なんだかな、結局この人と一緒にご飯だよ。またじーっと見られんのかな? 別にいいけどさ。野生のカバが動物園のカバになっただけの話だし。

 二人で並んでお弁当を持って歩いていると、前方から唯一の女性上司が歩いて来た。名前何つったかな、もういちいち覚えてないし。


「あら、山田さんと神崎さん、お弁当なんですか? 私もご一緒してもいいかしら? 私もお弁当なのよ」

「僕は構いませんよ」

「はい、一緒に食べましょう!」


 僕は構いませんよって言い草があるかい! 『べつにいーけど』って事でしょー。なんか『やだけど、ま、しょーがないか』って聞こえるし! もっとこう積極的な返事できないかなー?


「いい場所があるのよ。こっち。中庭が良かった?」

「別に」

「まだ全然わかんないんで、いい場所教えて貰えると助かりますぅ~!」


 ちょっと黙ってろ神崎。


「あのね、ここの工場、お花畑があるのよ。今の季節はチューリップとネモフィラが綺麗なの」

「ネモフィラ? って何ですかぁ?」

「水色の小っちゃくて可愛らしい花。山田さんも気に入るわよ」


 そりゃどーかな。あたしゃ花なんて全然わかんないんだよ。ってゆーか、あたしの名前憶えてくれてんのに、あたしゃあんたが誰かわかんないんだよ。困ったよ。

 でもまあいいよ、お花の綺麗なところでご飯食べるなんてピクニックみたいでいいじゃん? ついて行きますよ、どこまでも。

 その時さ、あたしの顔に「この人誰?」って書いてあったんだろうか、神崎さんがその女性に急に話しかけたんだわ。


「城代主任は花がお好きなんですか?」

「ええ、大好き。私はお弁当の日はいつもそこで食べるのよ」

「僕も花が好きでして」

「あらぁ、それは良かったわ」


 城代主任? ジョーダイさんだったっけ? 主任だったっけ?


「ここ」


 案内された場所には、目にも鮮やかなブルーのじゅうたんが広がっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る