第28話 ぱ、ぱんつ!

 翌朝、あたしはいつものように7時にアラームセットして、その時刻に起きたわけよ。会社、8時半からだしさ、15分で着くって言うしさ、7時に起きればフツーに着替えて化粧してご飯食べたとしても余裕あるよ。だから7時で全く問題ない筈だったんだよ。

 ってこんな言い方したら問題あったんかい? って思われるかもだけどさ、何にも無かったよ、問題ナシ。ただね、今のあたしには同居人てもんが居たわけなのよ。それも全てに於いて完璧すぎる男、幻の珍獣・神崎さん。

 あたしが目覚めた時、我が家には既に味噌汁のいい香りが充満してたのよ。ねえわかる? この幸せ。いつもお腹激空きで空腹にお腹を空かせて、あー全部一緒か、つまりデブを解消すべく無理矢理朝ご飯抜いてさ、そのまま会社行ってカフェオレで空腹を誤魔化してたこのあたしがよ? 炊き立てのご飯とお味噌汁の香りで目覚めんのよ? なんかもー神崎さん、あたしの嫁になってくんない?

 あたしが寝ぼけ眼をこすりつつも、お腹をギュルギュル鳴らして階段下りて行ったら、神崎さんてばすぐ気付いてくれてさ。


「山田さん、おはようございます。お腹、いい音してますね。もうすぐ朝ご飯できますから、顔洗って来て下さい」


 あんた、あたしの執事かよー! とか思いながら顔洗ってたらさ、すぐ横で洗濯機がピーピー言いやんの。今洗濯が終わったって事は、あんた一体何時から洗濯機回してたのよ? と思ってたら神崎さんが洗濯物を取りに来た。


「あ、山田さんまだ寝てらしたので勝手に山田さんのものも洗濯してしまいましたが、分けた方がよろしかったですか? 洗剤と水の消費量をなるべく抑えたかったんですが」

「あ、いいですいいです、ぜーんぜん問題ないです」

「そうですか、一応山田さんの下着はネットに入れましたけど」


 下着! そう言えば昨夜、いつものノリで洗濯かごにパンツもブラもそのまんま突っ込んだよ!


「下着、見ました?」

「ええ、ネットに入れましたから」

「……あの……干すのは自分で干しますから」

「すいません、僕の下着なんかも一緒に洗っちゃってますけど平気ですか? 今時の女子高生は父親の下着と自分の下着を一緒に洗って欲しくないなんて言うのを聞いたことがあるんですが。問題があれば山田さんのだけ洗い直しますが」

「あのですね。あたしね、インドのガンジス川下流で洗濯したパンツも穿けますから大丈夫です」

「そうですか、山田さんが思いの外ワイルドな方で助かります」

「でもあたしのブラとか見ちゃってますよね」

「ええまあ、片方に僕の頭が一つ丸々収納できそうでしたが」

「……そうね、収納できますね。パンツも?」

「ええ、そうですね。一瞬マタニティかと思いましたが」


 神崎マジで死にたいか?


「おっと、鮭が焦げてしまう」


 神崎さんは何事も無かったようにキッチンに向かう。あたしは仕方無く、洗濯かごを持ってリビングのテラスに向かった。

 後ろでは神崎さんが昨日のエプロン姿で鮭の塩焼きとワカメの酢の物なんか出しちゃってる。しかも朝っぱらから鼻歌歌ってるよ。


「神崎さん、その曲なんですか?」

「ああ、これはボロディンの歌劇『イーゴリ公』より『韃靼だったん人の踊り』ですよ」

「そーですか……」


 訊いてもわからんかった。またしてもアゼルバイジャン語だった。多分。

 あ、これ、昨日の神崎さんのシャツ。何でも無いシャツだけどセンスいいな。こっちは昨日のカーディガンだ。あんまり男の人でカーディガン着る人って見ないな。しかもワインレッドだよ、梅干カラーだよ。

 ん? んんっ? うをう!

 これはなんと! 神崎さんのパンツだよ! ニットトランクスだよ! 凄いよ、男子の生パンツだよ! ……ってあたしただの変態じゃん。何をジロジロ観察してんだ。これで匂い嗅いでたらマジであたしヤバい人だよ、てか嗅がねーよ! てゆーかあの人、あのパジャマの下にこれ穿いてんだ。

 てーか! 神崎さんがパジャマだよー! 今気づいたよー! エプロンなんかしてるから気付かなかったよ、パジャマじゃん! スウェットとかじゃなくてさ、パジャマらしいパジャマだよ! ボタンの付いた、前開きの。この人、襟の無い服って着ないのか? まあ、らしいっていえばらしいけどさ。

 なんて思いながら洗濯物を干していたら、当の珍獣から声がかかった。


「山田さん、ご飯出来ましたよ」

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