第23話 さしすせそ?

「山田さん、すみませんが買い物に付き合っていただけませんか?」

「はい、了解です」


 すっかり空っぽになったクルマに乗ると、助手席側がずしっと沈むのがよくわかる。はいはい、あたしの方が重いよね。


「どこ行くんですか?」

「食材を買いに行きます。米も味噌も醤油もなんにも無いですから」

「あたし料理苦手なんですけど」

「僕が作りますよ。得意と言うほどの物はありませんが、御御御付けくらいは作れますから」


 クルマがスーッと動き出す。しっかし運転上手いわ。


「山田さん、好き嫌いは無いんですよね?」

「ええ、鮒鮨でもシュールストレミングでもドリアンでも。神崎さんは?」

「僕もありません」


 なんかこのクルマ不思議な音だな。


「水平対向4気筒エンジンですよ」

「へ?」

「今、エンジン音を聞いていたでしょう?」

「何でわかったんですか?」

「何となく。山田さんの思考回路がわかって来ました」

「じゃあ、今は何考えてると思います?」

「神崎は変な男だな、と」


 当たったよ。どうしよう、この場合『正解』とは言えないよね。


「黙ったところを見ると当たりましたね」

「う……」

「次に考えることは、『米を買うついでに、お菓子も買おうよ』ですね」

「う……」

「大丈夫ですよ、シュークリームかケーキが食べたいんですよね?」

「……」

「お弁当箱、買いませんか?」

「へ? お弁当箱ですか?」

「僕は毎日自分の弁当を作って持って行ってたので、ついでに山田さんのも作りますよ。一人分も二人分も同じですから」

「ほんとですか? あたしランチジャーのドカタ弁当並みに食べますよ?」

「量が増えるだけですから。じゃ、買って行きましょう」


 でね。買い物がね。凄いんだよ。あたしの生活にはあり得ないんだよ。あたしが絶対に普段買わないものばっかり買うんだよこの人。

 いえね、あたしが普段買うのは菓子パンとかカップ麺とかインスタントラーメンとかカップスープとかコンビニ弁当とかお菓子とかジュースとか、そーゆーモノなんだよ。でもさ、これって独り暮らしなら当たり前じゃん? 普通じゃん?

 違うんだよ神崎さんが買うものって。最初に聞かれたのが驚きの物だったんだよ。


「山田さん、お米の銘柄にこだわりはありますか?」


 米だよ米! 利き米師じゃないんだからわかんないよ。そんであたしが何でもいいって答えたらこう言うんだよ。


「僕は魚沼産のコシヒカリかコシイブキがいいんですが。もっちり系とアッサリ系ならどちらがお好みですか?」


 ってわかんないしー!!! で、結局もっちり系? のコシヒカリになったんだけどさ。

 

「やっぱり『さしすせそ』から攻めていきましょう」

「何ですか? さしすせそ?」

「砂糖、塩、酢、醤油、味噌ですよ。あと出汁を取るのに鰹節と昆布も必要ですね。煮干しも買っておこう。それと、乾物があると便利です。ワカメとひじきと切り干し大根と高野豆腐、あ、胡麻も忘れないようにしないと。粒胡椒と唐辛子も欲しいですね、あ、オリーブオイルと鷹の爪も必需品だ」


 カートをゴロゴロ押すあたしの前で、神崎さんは何だかとても楽しそうにしかも真顔でブツブツ独り言を言いながらカゴの中にどんどん入れていく。


「あとは、生ものですね。ええと、牛乳と、あ、山田さんヨーグルトお好きでしたよね?」

「はいっ!」

「山田さんも必要な物、入れて行ってください」

「はい」


 あたしは遠慮がちにイチゴのヨーグルトをカゴに入れる。その間も彼は野菜とか豆腐とか油揚げとか魚とか卵とかいろいろ突っ込んでる。これさ、どうやって使うの? 生クリームとかさ、小麦粉とかさ、パン粉とかさ。何に使うのよ?

 それにこの菜っ葉。ほうれん草? と思ったら小松菜って書いてある。見分け付かないし。トマトとかレタスとかはそのまま生で食べるからわかるけど、ジャガイモとかタマネギとか人参って、絶対料理しないと食べられないじゃん? こんなものどーすんのよ?

 それにパン! 菓子パンでも惣菜パンでもなく、食パンでも無い、何この丸っこくてぺったらこいパンなんかどうすんの? 何に使うの?

 それにさ……。神崎さん、なんか生き生きしてるよ。相変わらず笑顔は無いけど、生き生きしてるよ。怖えーよ……。

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