第12話 あたしが誘惑?
「え、あ、ちょっと待って下さい。食後のデザートって……」
「無理です、待てません」
「そんな急に言われても……」
「もう我慢できません」
「えっ? えっ? そういう展開ってアリですか?」
「僕をその気にさせたのは山田さんですよ」
「ちょ、ストップ」
「これでも我慢したんですけどね。あなたがそうやって僕を誘惑したんです」
「あのっ! 部屋に戻りますっ!」
慌てて立とうとしたあたしの前に、なんと神崎さんはナイフを持って立ちはだかったのだ!
「ダメですよ、山田さん。そこに座ってください」
「は……はい」
って言うしかないでしょー! しかもさー! 今まで全く笑わなかった神崎さんが笑ってんだよ! 怖いし! 逆らえないでしょー!
「コーヒー、冷めますよ」
「……はい。あ、いえ、いただきます」
神崎さんはナイフを手に、テーブルの上から何やらティッシュくらいのサイズの白い箱を持って来た。あまりの事に何が何だか訳わかんなくなってるあたしの前で、神崎さんはその箱を開けた。
「……ロールケーキ?」
「はい。牧之原サービスエリアで美味しそうなお茶のロールケーキを見つけたんです。明日サプライズで山田さんと一緒に食べようかと思っていたんですが、あなたの顔を見ていたら、どうしても今食べたくなってしまって。あなたが夕食のカロリーに気を遣っていたので、夜にこれを食べましょうとお誘いしてはいけないかと我慢してたんです」
神崎ーーー! 脅かすなよーーー!
「あの! メッチャ美味しそうです。もうカロリーどうでもいいです。いただきます!」
「良かった。一人で食べるにはあまりにも量が多かったものですから。一緒に食べていただけると助かります」
なんのかんの言いながら、神崎さんはナイフを熱湯で温めている。
「それ、何やってるんですか?」
「こうやってナイフを温めてから切ると、ロールケーキが綺麗に切れるんですよ。糸があればもっと良いんですが」
ホントかいな? と思って見ていると……あら不思議。ほんとだよ。綺麗に切れるよ。ロールケーキって切り口グチャグチャになる食べ物の代表選手だと思ってたのに。なんだよこれ、奇跡だよミラクルだよ魔法だよ。
驚いてるあたしの前で、ティーソーサーにロールケーキを一切れ置くと、こちらに差し出して来た。
「フォークが無いので、ティースプーンでもよろしいですか?」
「あ、もう全然問題ありません!」
「そう言っていただけると助かります」
神崎さんも自分の分を盛り付けて、私の正面に座った。
「あと4切れありますから遠慮なく好きなだけどうぞ」
「ありがとうございます、いただきます!」
さっきまでビビリ上がってた筈のあたしは一体どこへ? ってくらい嬉々としてケーキをスプーンで掬うと、神崎さんがまたじーっと見ている。でもあたしは今日一日で慣れたのだ。この珍獣は人が食事をする姿を見るのが好きなんだ。見せてやりますよいくらでも、あたしは食べることが大好きなんだから。
「本当に山田さん、幸せそうに食べますね」
「はい、幸せですから! 美味しいですね、お茶のロールケーキ。ほんと生きてて良かった~」
「……紅茶、淹れますね」
神崎さんはあたしのコーヒーが無くなりそうなのを見て立ち上がった。
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