第5話 いい感じに肥えてます

 それから約2時間、あたしは神崎さんがハイレベルな嫌がらせを展開しているのかただの天然なのかを見極める為、散々質問攻めにしてやった。もう、ほんっとにどーでもいいような事ばっかり。

 彼の返答は至って真面目で、茶化す事無くきっちり回答してきた。だが、その回答がいちいち変なのだ。例えばだ。


「神崎さん、機械設計だけじゃなくてソフトウエアにも詳しそうですけど、学生の頃は一体何をされてたんですか?」

「僕はひたすら数独に明け暮れてました」

「は? スウドク?」

「ナンバープレイスという理数パズルです。4色問題にも夢中になりましたが」

「あ、いえ、そういう意味じゃなくて、何を『勉強』されてたのかと」

「カラーコーディネイトです」

「は? カラー……?」

「ええ、カラーコーディネイトです。色の世界はとても奥深いんです」

「美大卒なんですか?」

「いえ。理工系です。機械工学科でレーザー関連を専攻してました」


 話噛み合ってないよ……。いや、ちゃんと質問には答えてくれてるんだよ。正しいんだよ。あたしが正確に質問してないと言えばその通りなんだよ。

 でもさ、話の前後とかニュアンスでわかるでしょ? わからない? わからないから、この会話になっちゃうって事だよね?

 でもさでもさ、すっごい真面目なんだよ、だからツッコめないんだよ。わかる? あたしのこの煮え切らない気持ち。ツッコませてよ。これだけボケ倒してる相手にツッコめないのはある種拷問だよ?


 つまりね。あたしは悟ったんだよ。この神崎さんは途轍もない天然だってことをさ。しかもツッコませて貰えない天然なんだよ。この人とこの先一カ月一緒に仕事するんだよ? マジですか? 気持ちのやり場無いじゃん? ミユキ、代われ!


「牧之原でちょっと休憩しましょう。ちょうどお昼ですし、深部静脈血栓塞栓症を予防するにもそろそろクルマを降りた方が無難です」

「ケッセンソクセン……なんですか?」

「深部静脈血栓塞栓症。エコノミークラス症候群と呼ばれるものです。もう2時間乗ってますから」


 神崎さんは静かにクルマを停める。今気づいたんだけど、この人の運転は『クルマ乗ってる感』が無い。アクセルもブレーキもスーッと自然だし、加速も新幹線みたいな自然な加速だ。もしかして運転上手い?


「何食べよっかなー。静岡って何が美味しいんだろう」

「お蕎麦、お好きですか?」

「蕎麦? ええ、好きですけど……足りるかな」

「じゃあ、僕のオススメがあります」

「はあ……」


 神崎さんに連れられて、サービスエリア内のレストランに足を運ぶ。


「折角静岡に居るんですから、桜海老のかき揚げと茶蕎麦、それと鰻の蒲焼食べたくありませんか?」


 ……それは文句なしに美味しそうだぞ。


「食べたいですっ!」

「でしょう?」


 なんだろう、不思議な人だな、この人は。知らぬ間にペースに巻き込まれてる感じだ。てか、食べ物の話をしてる時くらい笑顔作ろうよ。

 で、あたし達はしっかりと桜海老のかき揚げと茶蕎麦と鰻重のセットを注文したわけなのよ。


「うっわー、これメッチャ美味しい! お茶の香りが凄い! 桜海老もおいひー! 鰻サイコー! あ~、生きてて良かった。ほんと今日まで生きてて良かった。神崎さん、ありがとう~!」

「山田さん、とてもいい顔で食事しますね。美味しそうにモリモリ食事をする女性は、見ていて気持ちいいです」


 油断した。……いきなり攻撃してくるか、神崎。


「ええ、だからあたしこんなに太ってるんです」

「そうですね、いい感じに肥えてますね」


 これはきっと天然なんだ。なんかあたし、もうこの人の前で普通の人ぶるの疲れてきた。相手はどーせ世紀末的な天然なんだし、普段通りでいいじゃん。『あの』神崎さんだと思わなきゃいいんだ。


「蕎麦って美味しいけど、結構すぐに消化しちゃいますよねー。あたし夜まで持つかな? 鰻重も付いてるから大丈夫かな?」

「あの、良かったら僕の鰻重食べませんか? まだ手を付けてませんし、僕はかき揚げが結構重かったんで茶蕎麦だけでもうお腹いっぱいなんですが」

「え? ホント? いいの? 食べます食べます! 貰います! いただきます」


 素直に手を出してしまったあたしにもう怖いものは無い。鰻重美味しい! そんなあたしを、真顔でじーっと神崎さんが見てる。でももうそんなこたぁ気にしない。鰻重おいひー!


「本当に美味しそうに食べますね。鰻重も幸せでしょうね」


 真顔でこういう事を言うこの男に一体どう切り返していいかわからないあたしは、ただニコニコして鰻重を頬張った。


  

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