第3話 会話楽しもうよ

 日曜日。午前9時55分。ギリギリ5分前に会社に到着。あたしはスーツケース1個だけの身軽な荷物で出社した。

 だってさー、どうせ家でも料理しないし、調理道具なんか持って行っても仕方ないじゃん。布団は向こうで準備してくれるって言うし。要は着替えとメイク道具とパソコンだけあればいい訳でさ。

 他には買い物は会社のカードですればいいってイケメンが言ってたし、荷物なんて少ない方がいいに決まってる。

 

 今日は仕事じゃないし、ただの移動だからメッチャ私服。こんな格好で会社に来るのなんて初めてじゃないかな。イケメンは仕事で来るからきっとスーツなんだろうね、カワイソ。

 なんて思ってたら、来た来た、例のイケメン。やっぱスーツだし。でも社員証、首から下げてない。会社に入らないでここで用事済ませようってのかな?


「山田さん、おはようございます」

「おはようございます。大変ですね、日曜日なのにスーツで」

「いつもの事ですから慣れてます。それでは行きましょうか」

「どこへ?」

「京丹波です。聞いてますよね、現場」

「はい、聞いてます」

「じゃ、送りますから」

「あ、どうもありがとうございます」


 そうか、イケメンは駅まで送ってくれるのか。そう言えば新幹線とか何も言ってなかったからなぁ、全部手配してくれたんだ。


 イケメンに案内されて、黒いステーションワゴンの助手席に乗り込む。


「これって会社のクルマじゃないですよね?」

「僕の個人所有のクルマです」


 なんというかこのイケメンは、まあカッコいいんだけどそっけないと言うか、事務的というか。もうちょっとさ、駅まで会話楽しもうよ。てかせめて笑顔くらい作ろうよ。何だそのクッソ真面目な顔は。


「いい天気ですねー、こんな日は仕事してないでネズミーランドでも行きたいですよねー」

「行った事ありません」


 ……会話楽しもうよ。


「なんか道混んでますね」

「日曜日ですから」


 つまんねー男だな。仕事はできるんだろうけど、あんた彼女居ないでしょ。


「仕事大変ですね。こんな事までやらなきゃならないんですね」

「ついでだったので僕が申し出たんです」

「ついで?」

「はい、ついでです」


 なんだ、他にも仕事があったんじゃん。あたしの為に休出してくれたのかと思ったのに。申し訳ないとか思って損した。


「山田さん、折角春風を楽しんでいるところ申し訳ないんですが」

「え? はい?」

「窓、閉めても構いませんか?」

「あ、はい」


 この人、花粉症なのかな? それにしちゃ涙目でもないし、鼻水も垂らしてないな。


「じゃ、東名乗りますから」

「はい。……えっ? 東名?」

「はい。東名」

「ちょ……どこまで行くんですか?」

「ですから京丹波」

「ちょっと待ってよ、京丹波までクルマで行く気?」

「すみませんが待てません。ここ、高速道路ですから」

「そーじゃなくて、クルマで目的地まで行くのかって聞いてんの!」

「そうですよ。最初に言いましたが」

「冗談でしょ!?」

「大真面目ですが」

「それ、仕事なの? 京丹波まで送るのが?」

「違いますよ、送るのは仕事じゃなくてついでです。さっき言いましたが」


 何言ってんだこのイケメンは、頭おかしいんか?


「じゃあ、仕事って何なんですか?」

「僕はエンジニアですから、設計が仕事ですよ」

「じゃあなんであなた京丹波までクルマなんか運転してんのよ?」

「ですからついでです。山田さん、人の話聞いてますか?」

「何のついでなの?」

「僕が京丹波に行くついでです。同じ目的地に行くからついでに山田さんを乗せていく、これで山田さんの旅費が浮く。極めて合理的な発想ですよ」

「ああ、なんだ、そういうことでしたか。……ん? でも総務の人がなんで京丹波に? え? え? え? ちょっと待った、エンジニアって言いましたよね? あなた総務の人じゃないんですか?」

「総務? 誰がそんなこと言ったんですか? ちょっと待って下さい、山田さん、僕の事お忘れですか?」

「お忘れって、一昨日初めて会ったばっかりじゃないですか」

「……ああ、その程度でしたか。あんなに毎日仕様書チェックしたのに」


 なんだ今の一言は。すんごく嫌ーな感じしたぞ。確認したくないぞ。とても。


「まさかと思うけどあなた……」

「機械設計グループの神崎です」

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