第二十四話「ユーリ・エール」

 side:ユーリ


 突然だけど、僕の名前はユーリ。ユーリ・エールだ。リクリエイト第五部隊の隊長。……もっとも、元がつくけどね。

 傭兵団アルジェンター。それが所有する機神たちとの戦いは、まだ記憶に新しい。

 その戦いで僕は、ほぼ全ての部下を失ってしまった。僕が着任するまで『野蛮な部隊』と言われていた第五部隊。僕は、そんな彼らが好きだった。

 手のかかる子ほど可愛いって言うだろう? まさに、そんな感じだったんだ。

 挙句の果てには人狼ワーフェンリルなんていう不良品を掴まされる始末。流石に腹が立ったね。

 東占領区(もう勢力圏ではないけれど)を出た僕は、本部の指令でニホンの研究施設まで来ていた。上層部は、アルジェンターとの戦いの舞台をここに決めたみたいだ。

 残存する部隊はここを守護していた第三部隊の生き残り、各地に派遣されていた第二部隊と第四部隊の全軍。

 でも、第二部隊は隊長だけが招集されたみたいだ。なぜなのかは聞かされていない。

 残りの第四部隊だけど……謎が多い。様々な噂が飛び交うくらいには、不気味な部隊だ。

 機体があるのにパイロットが一人も見当たらないんだ。……隊長以外は。


「ユーリくん、じゃないか」


 噂をすればなんとやら。僕に話しかけてきたこの片目を黒髪で隠した男が、ハヤト・リュウザキ。紫金しきんの亡霊……ファントムと呼ばれる機神の適性者アプティテュードだ。

 ガリガリに痩せ細った身体と、その独特なしゃべり方に一層不安を感じる。僕の中では、あまり関わりあいたくない相手だ。


「なに、してるの?」

「……休憩ですよ。アンタレスの調整だ、とか言われてコックピットを追い出されたんです」

「それは、災難、だったね」


 フヒヒ、と笑うハヤトさん。僕はこの不気味な笑い方が少々苦手だ。


「ハヤトさんこそ、なにをしてるんですか?」

「俺はね、考えてるんだ」

「……なにをです?」

「アルジェンターの連中を、どうやって殺そうか、をね……フヒヒ」


 ……またこの人は悪趣味なことを考えてるな。


「か、可愛い子がいたら、奴隷にして、フヒヒ……壊れるまで、遊ぶ……ヒヒッ」


 色々な妄想を垂れ流していくハヤトさん。時々気持ち悪い笑い声が聞こえてくる。


「全く、悪趣味だな……お前は」


 僕がその気持ち悪さに辟易していると、背後から女性の声が。

 振り返ると、そこにはもう一人の適性者アプティテュードがいた。


「ユーリが気持ち悪がっているぞ」

「フヒヒ。それは、悪かったよ……」


 彼女の名前はレッテ・エリュシーナ。緑青りょくせいの風神……シエルフィードと呼ばれる機神の適性者アプティテュードだ。スタイルの良い身体を持っている美女。特に目を引くのは、その大きなおっぱいと黄緑色のポニーテールだ。

 レッテさんが動く度にポニーテールの房がファサファサと揺れて、ついつい目で追ってしまう。もちろん、揺れるのは房だけじゃないわけだけど。


「相変わらず、良い身体、してるね……」

「そんな目で私を見るな、気持ち悪い。細切れにされたいのか?」

「フヒヒ、俺たちの業界じゃ、それも、ご褒美」


 細切れにされるのがご褒美なの? なんて凄まじい業界なんだ……。


「……本当に、どうしてくれようかこの変態は」


 レッテさんの不機嫌ゲージも上がってる。この人もこの人で面倒くさい……すぐに人を細切れにしようとするんだよね。いつもは押さえてくれる部下の人がいるけど、今はいないし。ハヤトさんとレッテさんの二人と比べたら僕なんて普通だと思えるよ。


「ふん、下衆な妄想をしている暇があったら、自分の機体の整備でもしたらどうだ?」

「フヒヒ、問題はない。俺の愛機、今日も、絶好調」


 愛も変わらず気持ち悪く……不気味に笑うハヤトさん。


「おいユーリ! アンタレスの調整が終わったぞ!」


 そう言ってアンタレスのコックピットから出てきたのは、整備班の班長。たしか……ヤキモチだったか、アゲモチだったか、そんな名前だったはず。


「ヤゲさん! 今度は私の機体をお願いできるか!」


 結構惜しかった。


「おうともさ! 少し待っとけ!」


 ヤゲさんは、アンタレスのコックピットまで伸びる金属製の板に飛び乗った。そのままシエルフィードの元へと走っていくヤゲさん。


「さて、私は行くが……ユーリに手は出すなよ?」


 ギロリ、とハヤトさんを睨みつけるレッテさん。


「大丈夫、男の娘、守備範囲外」

「それならいい」

「ちょっと待ってくれないかなんで僕が男の娘認定されているんですかおかしくないですか!?」

『……?』

「なんで二人して首を傾げるんですか!?」


 僕はため息を吐いた。こういう時だけは息がぴったりなんだから……。


「……僕はアンタレスに戻りますよ。調整も終わったようですし」

「ヒヒ、じゃあ、俺も戻ると、しようか」

「あまりヤゲさんを待たせるわけにもいかないしな……私も戻ろう」


 僕がコックピットへ伸びる階段を上るのと同時に、二人もまた自分の機体の元へと向かっていく。やれやれ、ようやく落ち着ける気がするよ……。

 僕はアンタレスのコックピットに乗り込み、ハッチを閉める。サイドによけてあったキーボードを引き寄せ、モニターを見ながら変更された箇所を確認する。

 コックピット内には、外の喧騒は届かない。キーボードを叩くカタカタという音だけが、響いていた。

 ……レンスケと次に会う場所は戦場。その時、僕は彼を撃つことが出来るだろうか?


「いや、撃たなきゃいけないんだ」


 リクリエイトが目指す世界には、レンスケたちの存在が邪魔なんだ。

 だから、僕は……。


「――ッ!」


 咄嗟に僕は口を押さえる。見ると、手には大量の血がべったりとついていた。

 アンタレスという機神は、誰にでも扱える代わりに一つのデメリットを有している。

 それは、適性者アプティテュードとなるために打ち込むアンタレスの毒だ。一度その毒を体内に入れてしまうと、定期的にアンタレスの毒を摂取しなくちゃならなくなる。

 それを怠ると、身体に異常を来してしまう……殆ど薬物のようなものだ。

 僕は手にべったりとついた血を拭うと、操縦桿のそばにあるリング状の注射器に手を伸ばす。それを右腕に嵌める。


「いっ……!」


 毒を注射するための針が刺さり、うっすらと血が滲む。

 その針から、液体状の毒が身体の中へと流し込まれていく。

 すぐに毒が全身に回ったのか、身体が軽くなる。


「…………無様だな、僕は」


 僕はシートにぐったりと倒れこんだ。天井を見上げ、注射器に繋がれた右腕を伸ばす。

 得られたものは、アンタレスという僕には過ぎた代物きしんと、リクリエイトにおける地位、そして、理想を実現させるための力。

 失ったものは、常人としての生、か。

 僕は伸ばした手を握り、拳をつくる。


「やってやるさ。あの人は、僕の望みを叶えてくれると言った。リクリエイトの目指す世界なら、それがあると言ってくれた。だから……」


 すると、ピピピとアンタレスのモニターになにかが表示される。見れば、それは全周波広範囲通信オープンチャンネルだった。


『ごきげんよう、私と志を共にする諸君。リクリエイト総司令、アルマ・カレントだ』


 ジジ、と短いノイズのあとに若い男性の声が聞こえてくる。

 間違いない、あの人の声だ!


『みな、準備で忙しいだろうが、聞いて欲しい。我々リクリエイトは、世界の先導者として、その殆どを手中に収めたと言っても過言ではない状態だった。

 だが突如として現れ、この施設を破壊した機神、グランデルフィンの登場により、状況は大きく変わってしまった。第三部隊の隊長、ルーウェンものものの手にかかり……第一部隊の隊長であるクロム・デュークや、幹部の一人だったノワール・ギースさえも、グランデルフィンという機神の前に破れていった……』


 なおも、アルマさんの話は続く。


『そして先日は、東占領区までも奪われてしまった……グランデルフィンの属する傭兵団アルジェンター。これ以上、彼らを好きにするわけにはいかないのです。

 みなさんには大変なことをお願いしてるのはわかっています。ですが、どうか次の戦い、我々の勝利で飾っていただきたい! もちろん、この私も戦場に出るつもりです。共に、新しい世界を作りましょう! リ・クリエイト!』


 コックピットの中にいるのに、外の喧騒が伝わってくる。それほどまでに、アルマさんの演説は心を揺さぶるものだった。僕の身体にも、熱がこもるのを感じる。


「……リ・クリエイト」


 決戦までそう、長くない。出来ることを、やらなくちゃ。

 ……レンスケ、僕は容赦なく君を倒すよ。僕たちの目指す、新しい世界のために。

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