第二十三話「模擬戦」

『各機修理完了。これより、アズールアークはニホンに向けて発進します。総員、衝撃に備えてください。――前進微速!』


 ラーミナ艦長の放送のあとに訪れる衝撃と若干の浮遊感。

 アズールアークが発進したようだ。次に陸地に着くときには戦場……か。

 俺はというと、格納庫ハンガーでグランデルフィンの調整作業を行っていた。モニターを確認しながら手元の書類の項目にチェックを入れていく。グランデルフィンには整備の必要性はないけど、万が一ということはある。関節の駆動など、実際に動かしてみないとわからない部分があるらしい。

 今まではこういう作業をやってなかったけど、これから始まるのはアルジェンターとリクリエイトの総力戦。一人一人が最善を尽くさないと勝てるものも勝てなくなるからな。俺にできることなら喜んでやるさ。

 操縦桿を動かしながらグランデルフィンの様子を見ていく。

 ……特に、異常はなさそうだな。


「レンスケ、今大丈夫か?」


 コックピットハッチの向こうから声をかけられる。整備班班長のヘルダー・ノートさんだ。気のいいおやっさんで、仕事もできれば気配りもできる。整備班の班長として班員を導く、頼れるリーダーだ。


「大丈夫ですよ。どうかしました?」

「前に罪希が言ってたアレの調整が終わってな」

「アレって……もしかして、模擬戦を行えるようになるっていう……!」

「そうだ。機体とそれをコードで繋ぐことにより、繋がった機体同士で戦えるってわけよ。もちろん、シミュレーターシステムも搭載してるからな。一人で練習したい場合は、モードを変更すればできるぜ」


 そう言うとノートさんは、グランデルフィンにコードを繋げる。モニターには『シミュレーション』という文字が表示された。


「とりあえず一人用でやってみます」

「あいよ。罪希も呼んでおこうか?」

「ええ、是非」


 ノートさんがグランデルフィンから離れたをのを確認してから、コックピットのハッチを閉める。

 俺は深く深呼吸する。……よし。


「シミュレーションモード、起動」


 モニターから見えていた周りの景色がブラックアウトする。


『一人用の難易度を選択してください』


 白い文字が黒バックの背景に表示された。えっと、難易度は……easy、normal、hard、expert、masterの五つか。

 いきなり高いのっていうのもアレだし、まずはnormalくらいからいってみるかな。


「難易度、normalで!」

『難易度normalの選択を確認。ミッション、スタンバイ』


 モニターにカウントダウンが表示される。



 3。

 ブラックアウトしていたモニターに光が走る。



 2。

 モニターに表示されたのは、アズールアークではないどこかのカタパルトデッキ。



 1。

 前方のハッチが開いていく。……準備は完了だ。



 0。

 ――シミュレーション、開始だ!



「グランデルフィン、緋崎蓮介……出ます!」



 カタパルトから発射されるグランデルフィン。モニターに映る景色がどんどんと後方へ過ぎ去っていく。


「ぐッ、本物と同じ衝撃……!?」


 身体にかかるGが、俺の気持ちを引き締めさせた。衝撃は本物か!


『太古の遺産ってやつは、つくづくすげぇもんだな』


 ノートさんからの通信だ。


『難易度normalの敵は計十機。軽くのしてやんな!』

「はいッ!」


 俺はスラスターの出力を上げ、スピードを上げていく。しばらく進むと、レーダーに敵影。

 モニターを拡大すると、ブラウェイバーの編隊が二小隊、計十機のブラウェイバーを確認した。


「いくぜ、グランバスター!」


 照準を定める間もなくビームを発射する。先制攻撃だ!

 射線を読まれていたのか、左右に分かれるブラウェイバーたち。五機ずつ左右に展開か!


「グランキャリバー!」


 右翼上部が開き、柄が発射される。俺はそれを掴み取りエネルギーを流し込む。柄だけの剣に刀身を形成した。


「まずは左のやつらから!」


 スラスターを噴射させ、左の小隊との距離を詰める。

 近づいていくと、左の小隊はグランデルフィンから距離をとり、ライフルを構えた。銃口からビームが放たれる。


「それくらいッ!」


 身体をねじり、その砲撃を躱す。勢いを殺さぬように錐揉みしながら小隊の一機へ向かっていく。いくら離れてたって、このグランデルフィンなら!

 加速して、距離を詰めるグランデルフィン。


「まずは一機!」


 胴体をグランキャリバーで一閃。敵機は火花を上げて爆散していった。

 味方の撃墜に戸惑うことなく俺に向けてライフルを撃つ残りの機体。流石はAI制御ってところかな! ちゃんとしてる!


「グランバスター!」


 左手を換装。モニターに表示されるカーソルにターゲットを合わせる。

 ピピ、とカーソルを示す色が赤から緑へと変わった。射程内に入った!


「いっけぇ!」


 トリガーを引き、ビームを放つ。その一撃は敵機の胴を穿ち、その機体を爆散させる。後ろにももう一機いたのか、レーダーから反応が消失した。。ラッキーだな!

 背後から危険を告げるアラームが聞こえる。おそらく、ロックされた。

 振り向くと、敵機のライフルからビームが発射される。俺はそれを紙一重で避けると、グランバスターを敵機のライフルへ向けた

 照準を合わせ、引き金を引く。放ったビームは見事に敵機が持つライフルを撃ち抜いた。


「これでッ!」


 グランキャリバーを構え、スラスターを噴射。開いていた距離を一瞬で詰めた。敵機とのすれ違いざまにグランキャリバーで胴を一閃する。放電を起こしながら爆発に飲み込まれていく敵機。


「左はあと一機か!」


 急旋回して最後の一機へと向かう。敵機はライフルを捨て、腰に帯剣していたブレードを取り出した。高周波ブレードだ。なんだか、久しぶりに見た気がするよ。

 速度を上げて、グランデルフィンに詰め寄ってくる敵機。なるほど、そっちがその気ならやってやるよ!

 俺はグランキャリバーを構えて、敵機の一振りを受け止める。

 ギャリギャリと音を立てながらグランキャリバーの刀身が削られていく。やっぱり戦いにくいな、この武器は!

 でも、その程度ッ!

 俺は負けじとスラスターの出力を最大にし、敵機を押し込んでいく。


高周波ブレードその剣ごと、叩き斬る!」


 ピシィッ、と敵機が持つ高周波ブレードにヒビが入る。いけるぞ!


「うぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」


 あらん限りの力でグランキャリバーを振り下ろす。ブレードの刀身ごと敵機の胴体を袈裟懸けに斬った。砕け散るブレードの刀身。敵機はブレードの欠片とともに爆発に飲み込まれていった。

 ……これで、左のやつらは倒したか。

 レーダーを確認しようとすると、突然アラームが鳴り出す。モニターに視線を戻すと、そこには『乱入』の文字が表示されていた。

 その直後、背後から爆発音が聞こえてくる。一体なんだっていうんだ!?

 振り向くと、そこには爆煙が広がっていた。やがて、その煙が晴れる。


『右のは、私が片付けておいた』

「……罪希か」


 そこには、ABSOLUTEシステムを展開済みのリベリエルの姿があった。


『さすがに、normal相手に被弾はしてないわね』

「そりゃな」

『じゃあ、ここからは難易度over……私の相手をしてもらおうかな』


 リジール・アシュカロンを展開し、その切っ先をグランデルフィンに向けるリベリエル。

 これは、あの時の再戦だ。そして、ここはシミュレーション。思いっきり戦っても、被害が出ることはない。


「罪希……あの時の、続きだ」

『あの時……ああ、初めてレンスケに会った時ね。

 ――うん。やろう、あの時の続きを』


 お互いにそれぞれ得物を構える。グランデルフィンはグランキャリバーを、リベリエルはリジール・アシュカロンを。


『行くよ!』

「ああ!」


 リベリエルが銀の軌跡を空に描きながらバックステップで距離をとる。やっぱり、リベリエルは速い!

 そのままジグザグに近づいてくるリベリエル。これじゃ、グランバスターで狙えないか……だったら!


「グランスティンガーで!」


 前腕部の装甲が動き、二門の砲身が現れる。小威力のビームを連射しながら後方へと下がっていく。


『その程度の威力なら!』


 リベリエルは全身にグランスティンガーを受けながらも、そのままの勢いで突撃してくる。……ッ、そんな、避けないのか!?


『ABSOLUTEシステムを舐められちゃ、困るわねッ!』


 俺は急いで左手をグランバスターに換装。リベリエルを狙い撃つ。

 しかし、グランバスターのビームは軽く避けられてしまう。威力がある分速度が遅いってことか!


「なら、接近戦で……!」

『動きが遅いわね!』


 グランキャリバーを構えたグランデルフィンを、リベリエルのリジール・アシュカロンが攻め立てていく。剣を振るうも、軽々と躱されてしまう。絶え間ない連続攻撃に全身の装甲が削られていく。


「くっ、こうなったら……アクトⅡ!」


 俺は強化外装を呼び出す。

 しかし、グランデルフィンにはなんの変化も起きない。一体どうなってるんだ!?

 そこへ、ノートさんから通信。


『言い忘れてたがグランデルフィンのアクトⅡ、アクトⅢはこのシミュレーターじゃ使えねぇんだ』

「おやっさん! そういうことはもっと早く言ってくれよ!」

『すまねぇな、ガハハ!』

「笑い事じゃないって……!」

『さあ、行くよ!』

「やるしかないか……!」


 リベリエルの高速の一撃を、俺は避けることが出来ない。グランキャリバーを振れば空振り、グランバスターを撃てば軽々避けられ、グランスティンガーにいたっては当たってもダメージがない。

 それでも、まだ手がないわけじゃない!


「行くぞ、グランデルフィン!」


 スラスターを最大出力で噴射。グランデルフィンの出せる最大のスピードでリベリエルに追随する。

 コックピット内に危険を告げるアラームが鳴る。スラスターに負荷をかけすぎているんだろう。わかってる、でも今は!


『それでも、リベリエルには追いつけない!』


 前方のリベリエルが反転、スピードを上げてこちらに迫ってくる。その両腕の先では、リジール・アシュカロンが煌いていた。


『リジール・アシュカロン、A-LINK!』


 銀色の輝きを帯びるリジール・アシュカロン。あの一撃をもらえば確実に終わりだ!

 俺は、出せる最大のスピードでリベリエルに向かい合う。それは、罪希も同じだろう。

 アラームの鳴る頻度が上がる。スラスターの限界が近いか!

 でも、もう少しだけ耐えてくれ。この一撃で、決める!


「罪希ィィィィィィィッ!」

『レンスケェェェェェッ!」


 一閃。

 俺は、すれ違いざまにグランキャリバーを振るう。

 グランキャリバーは、リベリエルの右腕を斬り落とした。


「……やっぱ、勝てないか」


 リベリエルのリジール・アシュカロンは、見事にグランデルフィンの胴を綺麗に切断していた。上半身と下半身がズレていく。

 コックピットが衝撃で揺れる。その直後に、モニターが暗転した。

 モニターには『YOU LOSE』という文字が表示されていた。

 俺は座席シートにぐったりとへたり込む。あーあ……負けちゃったか。

 しばらくそうしていると、コックピットのハッチが開く。そこから罪希が顔を覗かせた。


「お疲れ様、罪希」

「そっちこそ、お疲れ様」


 俺は罪希に引っ張られ、コックピットから抜け出す。

 外に出た俺は深く深呼吸する。時間は少ししか経っていないはずなのに、妙にこの空気が懐かしい。


「……あれがシミュレーションだなんて、嘘みたいだ」

「ホントにね。でも、機体には傷一つついてない」


 グランデルフィンを振り返り、罪希は言う。

 俺は罪希に向かって苦笑する。


「罪希はやっぱ強いなぁ……」

「なに言ってるの。グランデルフィンは全力を出せてないじゃない。こんなんじゃ、私の勝ちって言えないわ」

「じゃあ一勝一敗のイーブン、ってことになるな」

「勝負は次に持ち越しね」


 お互いに向き直る。ふと、笑いがこぼれた。

 罪希は頬を膨らませる。


「……なにがおかしいのよ」

「いや、頼もしいなと思ってさ」


 俺はその場に座り込み、罪希を見上げた。


「今度の戦い、勝てるといいな」

「なに言ってるの? 勝つのよ」

「……ああ、そうだな」


 こんなに最高の仲間がいる。最高の機体がある。

 負ける気なんて、微塵も起きないね。


「よぉ、罪希にレンスケじゃないか」

「ど、どうしたんです?」


 階段を上がってきたのは、レヴリオさんとアルタ。相変わらずのビビリ具合だな、アルタは。


「さっきまで罪希と模擬戦してたんですよ」

「お、いいねぇ。俺らもやっちゃうか」

「じ、じゃあ、二対二のチーム戦とかどうです?」

「いいわね」

「んじゃ、早速やるか!」


 乗り気のレヴリオさん。アルタも満更じゃない感じだ。

 なんだか俺のあずかり知らぬところで勝手に話が進んでる気がするんだけど。

 俺は嘆息して言った。


「もう少し休ませてくださいよ」

「これも訓練だと思っとけ」


 レヴリオさんからのありがたいお言葉。俺はため息を吐きつつ立ち上がる。


「んじゃ、またあとでな」


 レヴリオさんとアルタはそのまま階段を下っていく。おそらく、自分の機体の元へと向かったんだろう。

 ふと罪希を見ると、微笑みを浮かべながらこちらを見ていた。その表情は、思わず目を見開いてしまうほど、魅力的だった。はっきり言ってしまえば、見惚れていた。


「仲間って、最高だね」

「……ああ」


 このあとに待ち受けるのは、アルジェンターとリクリエイトとの総力戦。俺たちは、負けるわけにはいかない。

 グランデルフィンは、いつも俺に応えてくれた。今までのピンチだって、そのおかげで乗り越えてこれた。もちろん、みんなのおかげでもある。色んな人に……命に支えられて、俺は今ここにいるんだよな。だからこそ、俺は負けるわけにはいかないんだ。色んな想いを、背負ってきてるから。

 俺は総力戦への思いも新たに、コックピットへと乗り込んでいった。

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