第三章 災厄の復活
第二十二話「休息」
時が経つのは、早いもので。
俺たちの機神は整備の必要がないため、各自の調整で終わる。整備班のみんなは格納庫を行ったり来たりで忙しそうだ。
俺はといえば、アズールアークの居住ブロックで男の子たちと遊んでいた。
「にーちゃんこっちこっち!」
「あ、おい引っ張るなって!」
「こっちだよおにーちゃん!」
「こっちだってば!」
「こっち!」
「ああもう喧嘩するな! おにーちゃんは逃げないから!」
両方の手をそれぞれ男の子に取られている。思ったように身動きが取れない。
すると、背後から扉の開く音が聞こえる。
「モテモテだねぇレンスケ」
部屋に入ってきたのはレヴリオさんだった。ニヤニヤとした笑いを浮かべている。
「子どもにモテても嬉しくないですよ」
俺は苦笑で返した。
「ハハハッ、言うじゃねぇか。でもよ、女にモテるっていうのは大人の特権ってやつだ」
「あ、レヴリオ。ここにいたんですね」
再び扉の開く音。入ってきたのはラグナさんだった。
「今後の方針について話し合うみたいです。
「りょーかいだ」
「あ、そうそう。レンスケ君も是非にとの話だよ」
「は、はぁ……」
俺も参加して良いのかな。今後の方針について知りたかったし、願ってもないことだ。このあとどこに向かうのかも気になるし。
「にーちゃん行っちゃうの……?」
「え、あー、えっと……」
俺がどう答えようか迷っていると、ラグナさんが男の子と同じ目線で話し始めた。
「そうだよ、このお兄ちゃんは大事なお話があるんだ。……代わりに、僕が遊んであげるよ」
「ほんとー?」
「本当だよ。それで、どこへ連れて行ってくれるのかな?」
「んふふー、ひみつ!」
「秘密かぁ」
ラグナさんはそっとこっちを振り返り、笑みを浮かべる。男の子たちを任せても大丈夫そうだ。ありがとうございます、ラグナさん。
「んじゃ、行くか」
「そうですね」
男の子たちをラグナさんに任せ、俺たちは、居住ブロックをあとにした。
「これで、全員ですね」
「遅れてしまいましたが、先の戦闘ではこの艦を守っていただき、ありがとうございました」
ラーミナ艦長は俺に向かって深々とお辞儀をする。ちょ、ちょっと!
「顔を上げてくださいラーミナ艦長! 俺はなにも……艦を守ったのは、アルタですよ」
「そ、そんな……僕は、なにも……」
アルタ・レシフェス。少し長めの黒髪が特徴的だ。オービタルクリーガーに乗っているときは頼りがいがあるけど、降りた途端にこの様子だ。レヴリオさんがビビり君と呼ぶ理由もわかる気がする。
「ありがとう、アル。艦のピンチに駆けつけてくれて」
「い、いえっ、間に合って、良かったです……」
「それで、今後の方針についてっていうのは?」
レヴリオさんがそう話を切り出した。
「っと、そうでしたね。では、こちらをご覧ください」
そう言ってラーミナ艦長はモニターを指す。俺たちがモニターに注目していると、そこには見覚えのある場所が映し出されていた。
……見間違えるものかよ。そう、俺が囚われていたリクリエイトの施設だ。
「ニホンにあるリクリエイト軍の研究施設で、妙な動きがあるとの情報を得ました。リクリエイト軍の全軍が集まっているとの情報もあります」
「おいおい、総力戦でもおっぱじめようってのか?」
「どちらにしろ、なにかが目的なのは間違いねぇな」
「全軍を集めるほどのなにか……これは見過ごせない」
「で、でも、全軍なんですよね? そんなの、勝てるわけが……」
「向こうの機神は全部で三機。対するこちらの機神も、全部で三機」
「そいつらを除いて、こっちの戦力はリベリオが十四機、クロムんとこのブラウェイバーが五機か……心もとねぇなぁ」
「そんなこともあろうかと、事前に全国の
「そ、それって……方針について考えるというよりは、ただ決定事項を伝えてるだけなんじゃ……」
「というわけですので。それぞれの機体の修理が終わり次第出発します。各員、留意しておくように」
「やれやれ……とんだ貧乏くじを引いたもんだぜ」
「やるしかないなら、やるだけよ」
「残り少ない休み、ねぇ……」
みんなが休みをどうするか話し合っている横で、俺は顎に手を当てて考え事をしていた。
俺が何故あいつらに囚われていたのか……その謎を解く鍵が、あそこにはあるんだと思う。リクリエイトの連中が集まってるっていうのも偶然じゃなくて、あの場所に集まらなきゃいけない
……考えすぎはよくないか。
リクリエイトの機神が全ているって言うなら、ユーリちゃんもそこにいるはずだ。今度こそ、説得してみせる。
俺はギュッと拳を握った。
「そうだレンスケ。ちょっとついてきてくれないか?」
不意に、レヴリオさんが言った。
「別にいいですけど……一体どこへ行くんです?」
「いいところだよ。ザードのおやっさんもどうだい?」
「いいぜ。どこに連れて行ってくれるのか楽しみだ」
「僕も、ついていっていいですか?」
「おう、もちろんだ」
こうして集められた男性陣。この面子でどこへ行こうっていうんだ……?
「決まり、だな。んじゃ、はぐれないようについてきてくれ」
「ここって、まさか……」
「温泉?」
「ザッツライト。ま、天然のじゃないけどな。普通のシャワー室の他に、こうやって温泉なんかもあるのさ。滅多に入れないけどな」
「おいレヴリオよぉ、酒はあるんだろうなぁ」
「俺を見くびってもらっちゃ困りますぜ」
そう言ってレヴリオさんが懐から取り出したのは、小さなおちょこと熱燗。
それを見たザードさんはニヤリと笑った。
「――わかってんじゃねぇか」
「二人とも、ちゃんと身体を洗ってから入ってくださいよー?」
『へーい』
ホントにわかってるのか……?
まあいいや。俺も久々のお風呂だ。存分に羽目を外させてもらおう。
俺はすぐに服を脱ぎ、手早く身体を洗う。
そして、ゆっくりと湯に浸かる。
「っぁ~」
思わず声が漏れ出てしまう。温かいお湯が、身体に染み込んでいくのを感じた。
「気持ちいいですぅ……」
目の前では、アルタが鼻の先まで湯に浸かっていた。なんか、見ててすごい微笑ましい。和むっていうのかな。
「カンパーイ!」
「カンパァイ!」
コツン、と小さくおちょこを当て合うレヴリオさんとザードさん。そのままおちょこの中身を飲み干した。
「かぁ~ッ、美味いねぇ!」
「久々の酒は効くぜぇ……!」
湯に浸かりながらお酒を楽しんでいるみたいだ。まさに大人の入り方ってやつだな。
「でも確かに、気持ちよすぎてこのまま寝ちまいそうだ」
「
「いや、なに言ってるかわかんないから」
「ぷはっ……えへへ」
「はははっ」
二人で笑い合う。
なんかこう……温かい。いや、温泉入ってるからって意味じゃなくてさ。
心がほっこりするっていうか……うまく言葉に表せないけど、とても安心する。
「さて、もう少しゆっくりする――」
「――やっぱり先客がいたようね」
『ッ!?!?』
俺とアルタは突然の声に驚き、思いっきりお湯を吸い込んでしまう。それが気管に入り、咳き込んだ。
「ああ、言い忘れてたけど、ここの温泉は混浴だぜ」
「えほっ、けほっ……早く、言えよ……ッ!」
「別に言ったところでなにも変わりゃしないだろ?」
「変わりますよ! タオル持ってきたり!」
「言っておくと、湯にタオルをつけるのはマナー違反だからな」
「うぐ……」
ひたひたと足音が近づいてくる。俺は思わず生唾を飲んだ。
「蓮介は一体なにを慌ててるのかしら……まさか、裸を見られるのが恥ずかしいとか? それとも――」
フィーネは一呼吸おいて言った。
「――私たちの裸を想像している、とかかしら?」
「ばっ、んなわけ……ん? 私たち?」
「へぇ、これが温泉なんだね……」
フィーネの奥からもう一人の女性の声が聞こえてくる。この声、罪希か?
「こっちよ、いらっしゃい」
「いや、だからね、そんな、女の子が裸で、男と一緒に風呂っていうのは流石にちょっと危ないんじゃないかなってあれぇ!?」
湯気の中から現れた二人を見て
フィーネは、その翡翠色の髪の毛と同じ色のビキニを。罪希は、なぜかピッチピチの競泳水着……もとい、スクール水着を着ていた。普段は服を着てるからわからなかったけど、結構大きい……罪希って、着やせするタイプなんだな。
「んふふ……蓮介君は一体どんな姿を想像してたのかしらねぇ……?」
「……レンスケって、変態?」
「断じて違う!」
そりゃ、期待していなかったと言えば嘘になるけど……!
「っていうか、水着は湯に浸けていいんですか!?」
「まあ、タオルじゃないしな」
「なにその曖昧な差!」
「いいじゃねぇかレンスケ。水着の美女が二人も一緒に風呂ってくれるんだぜ? それにアル坊なんて、水着姿見ただけでこれだ」
「……きゅ~」
「アルタ!」
湯にぷかっと浮かぶ丸いお尻。……アルタ、なんでそうなる。
俺は急いでアルタを引き上げ、頬をぺちぺちと叩く。
「うぅ……」
良かった……生きてたか。
「しゃあないか。アルは俺が連れてくよ。酒も切れちまったしな」
「まだまだ飲み足りねぇ……おいレヴリオ。アル坊を部屋に寝かしたあと、また飲もうぜ!」
あんたらあの熱燗一本じゃ足りなかったのかよ。まあ、そこまで大きいサイズでもなかったしな……。
「んじゃ、さっさと行きますか」
レヴリオさんとザードさんはぐったりしているアルタを担ぎ上げると、そのまま温泉をあとにする。
残されたのは俺とフィーネ、そして罪希だ。
「じゃあ、私たちも入ろうかしら」
「そうね。……あ、ちゃんと身体を洗ってから入ってね」
「全く、細かいんだから……」
「最低限のルールよ。ラーミナ艦長にもそう言われたでしょ」
二人はそう言うと、湯煙のなかへと消えていった。
「……はぁ」
俺は湯に肩まで浸かる。
今この温泉に男は俺一人。心臓の鼓動が高鳴る。きっと顔は、
後ろを振り向かないようにしながら、温泉の中心部へと移動する。
すると、背後からちゃぷん、と誰かが湯に入る音が聞こえてきた。
「うん、気持ちいい……」
ツミキだ。いくら水着を着ているとはいえ、いや、むしろ水着を着ているからこそ目を合わせられない。それがスクール水着だったらなおさらだ。俺だって、思春期の男の子なんです……。
見たい気持ちはもちろんある。でも、突然こんな状況になったら……困るだろ?
「正直、
「わっ」
いつの間にかフィーネが、俺の前に立っていた。
「だって、合法的に女子の水着を見ることができるのよ?」
そう言うと、ちゃぷんとお湯に浸かるフィーネ。
「そりゃ、そうなんだけど……」
っていうか、ナチュラルに人の心を読むな。
「なんの話?」
ちゃぷちゃぷと湯をかき分けながら近づいてくる罪希。
「今が女子の水着をまじまじと見られるいい機会、って話をしてたのよ」
「……レンスケのスケベ」
「略せばレンスケベね」
「ちょ、勝手に決め付けないで! あとフィーネ、変な略称をつけないでくれ!」
「言いやすいでしょ?」
「いやそういう問題じゃねぇよ」
俺は思わずため息を吐いた。なんていうか、この空間にとても居づらい。さっきから視線をキョロキョロとさせている。挙動不審にもほどがあるな……。
「それで、どうかしら?」
「……なにが?」
「少しは気分転換になったのか、ってことよ」
「え……」
気分、転換?
「レンスケ、落ち込んでるみたいだったから」
「レヴリオに頼まれたのよ。あいつを元気づけてやってくれ……ってね」
言われて、気づく。
……そっか。俺、傍から見るとそんなに落ち込んでたのか。
「確かに、仲間が死ぬのは辛い。でも私たちは、それを乗り越えていかなきゃいけない。戦場で朽ち果てていった者たちの遺志を背負って、これからも戦っていかなきゃいけないの」
「……みんなは、強いんだな。俺も、覚悟を決めたつもりだった。でも現実はこれだ。情けないよ」
罪希が、俺の手を包み込むようにキュッと握ってくる。
その手は、とても柔らかくて、暖かかった。
「レンスケは、そのままでいい。その優しさを、失っちゃ駄目だよ。あなたにはあなたの、私には私の戦い方がある、でしょ? ……どうしても辛いときは、遠慮なく私たちを頼って欲しい」
言い終わると罪希は、俺の手を引き、その胸に顔をうずませた。
――ッ!?!?!? 罪希さん一体なにを!? その、色々と柔らかいものが当たってるんですけど!?
「赤くなっちゃって……やっぱりレンスケベね」
「いや、ちょっ、ま、わぷっ」
「よしよし」
罪希に頭を撫でられる。
あの、罪希さん、大変気持ちいいんですけど……そろそろ息が……苦しい……!
ぷはっ、と罪希の胸から抜け出す。
「~~~~ッ、プクク」
見れば、フィーネが口とお腹を押さえながら笑っていた。
「ま、まさか本当にやるなんて……プククク」
「なっ、嘘吐いたのフィーネ!?」
「嘘は吐いてないけど……だって、あんなこと普通やるかしら……ックク」
「~~~~~ッ」
今度は罪希の顔が茹で蛸のように真っ赤になった。
なるほどな、ようやく話がつかめた気がする。
さっきのは、罪希なりの激励。フィーネに騙されてやったとはいえ、正直嬉しかった。
「せっかくの温泉なんだし、もう少しゆっくりしていきましょうよ」
「言われるまでもないわね」
「ははは……じゃ、俺もゆっくりしますか」
『ゆっくり女子の水着を見るなんて、流石レンスケベね』
「お前ら……」
思わず頭を抱える。聞こえてくるのは、楽しそうな笑い声。……ま、たまにはこういうのもいいかもな。
戦いの疲れを癒す。素直に甘えておこう。こんなにゆっくりとできるのは、今くらいだから。
俺は二人の会話を遠くに聞きながら、ゆっくりと瞼を閉じた。
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