第二十七話「絶対-アブソリュート-~リベリエルvsシエルフィード~」
side:罪希
「――レンスケ!」
『あなたの相手は私だ!』
「邪魔よ!」
『悪いけど、ユーリの邪魔はさせない!』
「くっ……!」
突如現れた青緑の機神に行く手を遮られ、私は一撃もらってしまう。くッ、周囲の警戒を怠った!
体勢を立て直し、敵機を正面に捉える。……不思議な機体だ。今までの機神と、どこか違う。
どうやら、全身の装甲にプロペラが埋め込まれているようね。見た限り、手の甲や足の裏にもあるみたい。
何よりもそのバックパックが特異だ。私のリベリエルと同じようにXの軌道をとっているけど、ここからでもわかるくらい大きいプロペラが存在している。言うなれば、大きな円状のパーツを四つ背負ってるみたいな、そんな感じ。
両腰には
なんだか、アンタレスと似たような雰囲気を感じるわね。
この機神は、私のリベリエルと同じ高機動型の機神と見て間違いはない。
『……実を言うとな、私はあなたにずっと会いたかったのだ』
「突然なに?」
敵である私に会いたかった? それは一体……。
『あなたの宙を舞う戦い……私はそれに魅せられてしまったよ。だって、あなたは
……第二部隊で、私が人気? 今だけ私は私の耳を疑いたかった。
『そんなあなたと、こうやって戦える。ここではリクリエイトも反政府軍も関係ない。私たちは一人の騎士として、ここに相対する。
今にも飛び出そうとしていた機体たちを手で制す。
『し、しかし』
『手出し無用だ。……もしかしてお前たち、細切れにされたいのか?』
『……はっ、私共はここでこの戦いを見届けさせていただきます!』
『ああ、特等席で見ていろ』
適性者と一般兵の話を私はどこか遠くに聞いていた。……あいつは今、絶対と言った。自分は絶対の騎士だと。
あいにく私に騎士道精神なんてものはないけど、さすがにそれには腹が立ったわ。
あいつが絶対で、私はただの飛翔……?
「……まさか、冗談はよしてよね。ABSOLUTEシステム、展開!」
リベリエルの白灰の機体色が一瞬で白銀に変わる。
バックパックはXの文字を描きながら展開、リジール・アシュカロンも展開済みだ。
『……今、なんと?』
「悪いわね。"絶対"の称号はあなたのものじゃなくて、私のものよ」
別に、呼び名とかにはなんの興味もない。でも、あいつが絶対の名を口にしたとき……私はなぜか怒りを覚えた。
それは、考えなくてもわかることだった。私自身、絶対という名前を気に入っていたんだ。絶対という名前は、私の覚悟が詰まった名前だと思うから。
だから……だからこそ、あいつの口から、敵の口から語られるのが我慢ならなかった。ま、私らしくないとは、思うけどね。
『……そう、あなたも絶対なのか。でも、同じ世界に絶対は二人もいらない』
「絶対の名を冠するのは、一人でいい」
私はリジール・アシュカロンを構える。
目の前の機神も両腰に帯剣していた細剣を抜き放ち、突きの姿勢を取った。
『絶対風神シエルフィード……レッテ・エリュシーナ!』
「絶対翔神リベリエル……或羽罪希!」
無音。遠くに聞こえる戦いの音すら遮断し、目の前の相手に集中する。一挙一動を見逃しはしない。
そして、一陣の風がお互いの前を通り過ぎた――
「『――絶対の名を冠するのは、私だけだ!』」
お互いに距離を詰める。リジール・アシュカロンとレイピアがお互いを擦り合い、大きな衝撃音が鳴り響く。
……なんとか、一撃は凌げた。リベリエルの速度と同等かそれ以上の速さ……こいつは、強敵だ。
『やるな、私の一撃を防ぐとは』
「まあ、これくらいは……ねッ!」
両腕を振るいレイピアを弾き飛ばす。私はがら空きになった胴へ、リジール・アシュカロンを突き出した!
『甘い!』
シエルフィードの胸部装甲が開かれ、埋め込まれていたプロペラが姿を現す。
『アブソリュート・タイフーン!』
そのプロペラがあり得ない速度で回り出した。そこから出現したのは小さな竜巻。その竜巻はリジール・アシュカロンごとリベリエルの腕を呑み込むと、すさまじい力で押してくる! 徐々に後ろへと押されていくリベリエル。さすが、風神と呼ばれるだけあるってことか。
私はあっという間にシエルフィードとの距離を離されてしまった。……なるほど、あの機体がリベリエルに追い付ける理由がわかった気がするわ。高濃度に圧縮された風が、プロペラを介し瞬間的に高威力の竜巻を発生させ、その反動で素早く動いてるってわけね……どんな理屈を並べたらこんな無茶苦茶なことが出来るのか、私には想像もつかないわね。
『私のシエルフィードの竜巻地獄からは、いかにあなたほどの人であってもそう簡単には抜けられん!』
シエルフィードはリベリエルの周囲にいくつもの竜巻を発生させた。この竜巻一つ一つの威力はバカにできない……!
『喰らえ!
周囲に展開していた竜巻が一斉にリベリエルに迫る。このままじゃ、竜巻に押し潰される!
「リジール・アシュカロンA-LINK!」
リジール・アシュカロンの刀身が白銀に煌めく。この状態のリジール・アシュカロンなら、あの竜巻を破れるはず!
私は一番近づいていた左の竜巻に向かっていく。
「はぁぁぁぁぁぁッ!」
竜巻に向かって、リジール・アシュカロンを一閃。竜巻を霧散させることに成功した。よし、これならいける!
『だから甘いと! 地獄がこんなに生ぬるいわけがないだろう!!!』
周囲に展開していた竜巻が、それぞれすさまじい風を内包した球体に変わる。その数は、およそ八個。
『地獄の風は、何度でもその身を貫く!
八つの球体から、それぞれ三本の竜巻が発射される。まさにその名の通り、風の槍。あらゆる方向からリベリエルを貫こうと迫ってくる。計、二十四本の槍か……!
私はリベリエルの出力を最大まで引き上げ、上空へと飛翔する。そのあとを追いかけてくる風の槍。まさか、このスピードに追いつけるの!?
……使いたくはなかったけど、あれを使うしかないみたいね。
私は速度を保ったままリベリエルを反転させる。
『自ら的になると?』
「違うわ! 行って、ブレストアンカー!」
リベリエルの胸部下の装甲。その装甲が開き、中から先の尖ったワイヤーアンカーが二つ発射される。
『そんなもので、地獄が破れるとでも!』
「いける! ブレストアンカー、A-LINK!」
ABSOLUTEシステムはワイヤーを伝っていき、アンカーのその全てを白銀に包み込んだ。
白銀のアンカーが風の槍と衝突する。風の槍はその場で霧散し、アンカーはワイヤーに巻き取られリベリエルへと戻っていく。
『これは、
「アンカーがこれだけだと思わないことね!」
胸部の装甲が次々に開いていき、計八つのアンカーが向かい来る風の槍に照準を定める。
「貫け……ッ! アブソリュート・アンカーッ!」
一斉に発射されるアンカー。シエルフィードの放った風の槍をことごとく穿っていく。
「今だッ、ブースト!」
アンカーの背部に備え付けられていた小型のスラスターを噴射。進行方向を変更させ、残りの槍を穿っていった。
巻き取られ、リベリエルのもとへと戻ってくるアンカー。槍の数は、六本にまで減っていた。
「あとは、リジール・アシュカロンで……」
開いていた胸部装甲を閉じ、私は残り六本の槍に照準を定める。
「切り伏せる!」
リジール・アシュカロンを横に一閃。シエルフィードの放った槍を全て消滅させた。
「さあ、あなたの切り札は破ったわ」
『………………フフフ』
回線から聞こえてくるのは、不気味な笑い。一体、どうしたって言うの……?
『まだだ。まだ地獄は終わってない』
「なっ……!」
私の……リベリエルの周りを覆い尽くす巨大な球体。その層は分厚く、到底リジール・アシュカロンやブレストアンカーが通りそうには見えなかった。
『地獄は三度、その身を貫く……
球体の内側に発生する風の槍。一本、二本とその数は増えていく。やがて、その総数は目視で数えられる量を越えていった。
『無限の槍を、あなたはどう躱すのか……みせてもらう!』
球体の中に出現した風の槍が全て、リベリエルに照準を定める。くっ、さすがにこの数は処理しきれない……でも、だからってはいそうですかと敗けを認めるわけにはいかないのよ。私は、ここで負けることは……倒されることはできない。勝って、生き残って、またみんなに会うために! 私は生きなきゃいけないのよ!
「……ごめんね、リベリエル。もしかしたらあなたはここで壊れちゃうかもしれない。でもあなたなら出来るって私、信じてるから。
――私の速さについてきなさい、リベリエル!」
私の言葉が届いたのかはわからない。でも、わずかにコックピットが震えた気がした。ついてこれるのね、リベリエル!
私は、深く深呼吸をする。
「これは、ホントのホントに最後の手。私自身だってどうなるかわからないけど……
私は、全神経を操縦桿を握る手と、モニターを見る目に集中させる。槍一つの動きすら、逃さない!
さあ、私が
『刺し貫け、我が槍たち!』
全ての槍が、一斉に発射される――
「――全てを捉え、統べる! 今こそ開放するわ……
瞬間、目に見える全ての彩は消え失せ、白と黒、その二色に染まっていった。
そして、世界の全てが止まった。いや、僅かだけど、その世界は動いてる。ほんの僅か、目に見えないような、小さな動き。
そんな全てがほぼ静止した世界で、私の思考だけが止まらずに動いていた。ま、簡単に言うなら、思考速度を限りなく高めることにより、体感時間を大幅に増大させる……私の思考は、通常時間の500倍近く早められているってこと。まあ、考える時間だけはいっぱいあるってことね。時間停止なんていう馬鹿げた話じゃないし、もちろん私は身体を動かせない。
でも、考えることができるのなら、私は、空では無敵だ。
……周囲、確認。槍の着弾地点を計算、終了。現在の機体の稼働率を計算、97%。最も効率の良い軌道を計算、完了。敵影総数を計算、確認できる限りでおよそ百本。よって射出される槍の数は合計三百本と推定。
――加速、解除!
一斉にリベリエルに襲いかかる風の槍。私は、その全てを先程計算した軌道で消滅させていく。無駄のないように、微調整を繰り返しながら敵の槍をほふっていった。
ふと、鼻からなにかが垂れる感触。鼻血だ。……無理もないか。あれだけ脳を酷使してるんだ。なにもない方がおかしい。
でも私には、その鼻血を拭う余裕すらなかった。
「ぐっ――
再び止まる世界。風の槍は、すぐ目の前まで迫っていた。……計算よりも、槍の数が多い。まさに、無限にあるってわけね。
でも、造り出された風がいつまでも吹いているわけがない。絶対に、いつかはその攻撃が、風が止む。
ならその時に、私は賭ける!
――加速、解除!
動き出す時間。目の前に迫っていた槍を辛うじてリジール・アシュカロンで切り伏せる。
……私はね、こんなところじゃ、死ねないのよ!
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
『……そろそろ風が切れる頃合いか』
レッテはシエルフィードをゆっくりと動かし、随分と層が薄くなった球体に近付く。
『これであの飛翔騎士と言えど終わりだろう……死の運命からは逃れられるはずもない』
ふと、レッテが目をつぶった瞬間、モニターの前を白銀が過る。
『誰が、終わった……、って……?』
球体から伸びる銀閃。その切っ先は、まっすぐにシエルフィードの肩装甲へと突き刺さる。
『なっ……!』
『勝手に、殺さないでよね……!』
瞬間、球体が弾け飛んだ。
中からは、満身創痍なリベリエルが現れる。両足はすでにその機能を失っており、腿から下の部位が消失していた。
腕も、動くのは右腕のみで、左腕は肩からごっそりと削られている。
胸部にいたってはコックピットの位置以外の場所はボロボロで、中のフレームが丸見えになっていた。
頭部も左半分が欠損しており、モニターの左側は使い物にならなくなっている。
全身からバチバチと火花が走るリベリエル。もはや、動くだけで壊れてしまいそうなほどだった。
彼の者は押せば簡単に折れる。しかしレッテは、目の前の存在に畏怖していた。己の最高の技をもっても、目の前の騎士は倒れなかったのだ。それは、彼女にとって、最高の技を破られたも同義。言い知れぬ敗北感が、レッテを包む。
『……いや、私は負けていない。そうだ、私がこの手で、コックピットを突き刺せば――』
ドシュ。金属を突き破る音と共に、人間の肌が剥がれるような骨が砕けるような、そんな、奇怪な音がした。
『……え』
不意に走る激痛。レッテは、恐る恐る自らの下半身を確認する。
そこには、先ほどまであった自分の下半身は無く、鋼鉄の塊が存在していた。
そこでようやく、自分は刺されたのだということを視認した。では、一体なにに?
口から、腰から、大量の鮮血を吐き出しつつも、レッテは己が身体を突き刺した者を確認する。
『……
深々とシエルフィードに突き刺さっていた鋼鉄の塊。それは
その状況を、罪希は見ていることしか出来ない。動くことすらままならないのだから、無理もないだろう。
『な、ぜだ……な、ぜ、貴様、が……起動、して……』
レッテの問いに、
『そん、な……わた、しは……弟を……幸、せに――』
巻き起こる爆発。爆風に押され、リベリエルは後方へと吹き飛ばされる。
なんとか体勢を整えるリベリエル。
『嘘、でしょ……そんなことって……あんたら、仲間、だったんじゃないの?』
人狼は無言でリベリエルを見つめる。その緑に輝く無慈悲な瞳が、リベリエルを、パイロットである罪希を射抜いた。
――次は、お前の番だと。
『絶望的、なんだろうね……この状況』
思わず、罪希は笑みを見せる。それは、諦めから来る笑いだった。
『流石に、これ以上は無理のようね……いくら私でも、これは無理。ほぼ全壊状態のリベリエルと、ほぼ全快状態の
『――ごめんね、レンスケ』
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