第二十話「第三の扉」

 黄緑おうりょくの戦士の視線の先には、今まさに上体を起こそうとしている人狼ワーフェンリルの姿が。


『アル! 良いところに来やがってこの野郎!』

『遅れてすみません! 場所の特定に手間取りました!』


 レヴリオさんの嬉しそうな声。そう、あれは間違いなく、アズールアークの機神だ。レヴリオさんの話ではビビリ君とか言われていたけど……見た感じそんな風には感じないな。

 なるほど、オービタルクリーガーか……。見た感じはかなり鈍重そうだ。おそらくブースターをつけないと空を翔ぶことが出来ないのだろう。地上戦……それも、近接戦に特化した機体ってことになるのか。


『艦は、僕が護ります!』


 人狼ワーフェンリルはゆっくりと立ち上がる。その赤に染まった両のカメラアイで、オービタルクリーガーをめつけた。


『クリーガー、やれるね?』


 オービタルクリーガーは両腰に携える片刃の剣を抜き放つ。実剣を両手に構える。


『ホバー、オン!』


 オービタルクリーガーの身体が若干浮き上がった。そのまま人狼へと突き進んでいく。

 なるほど、ホバークラフトってわけか! あの巨体でアレだけの動きを!


『喰らえッ!』


 その剣で斬りつけるオービタルクリーガー。しかし、人狼ワーフェンリルは空中に飛び退き、その一撃を躱す。


『しまった、空に……!』

『まずいぜ……オービタルクリーガーは地上専用機体だ。空に上がられちゃ……』

『空なら!』

「俺たちの出番だよな!」


 リベリエルとグランデルフィンが立ち上がる。俺は刀身を砕かれたグランキャリバーにエネルギーを送り、刀身を再び作り出す。


『リベリエル……私に、力を貸して。リジール・アシュカロン、A-Link……フルオーバー!』


 砕かれ、刀身のないリジール・アシュカロンが、光に包まれる。すると、刀身を失ったはずのリジール・アシュカロンに、刀身が生まれる。

 銀色に輝くエネルギーの塊。それが、剣の形に変わっていく。まさに、グランキャリバーと同じだ。


『コロス……キシン、コロス!』


 人狼ワーフェンリル両の手のひらから、ビームソードが出現する。

 ……マジかよ。そんなことも出来るのね。

 でもこっちだって、負けてられない!


『リベリエル……限界を、超えてェッ!』

『グルァァァァッ!』


 ぶつかり合う両者の剣。人狼ワーフェンリルの速さに、リベリエルが追いついている!

 光を弾きながら天空を舞う二機。リベリエルと人狼の残像が、空に刻まれていく。


『エネルギーを使い果たしても良い! こいつの動きを止める!』


 空で罪希が戦う中、俺は地上でグランキャリバーを構えていた。じっくりと、その時を待つ。

 ……罪希が頑張ってくれているんだ。俺もそれに応える!


「蓮介、ニーベルングいけるわ!」

「っしゃあ!」


 俺はグランキャリバーを上段に構える。


「罪希、いくぞ!」

『わかった! 誘い込む!』


 俺はグランキャリバーのリミッターを外す。


「ぐッ……」


 衝撃がコックピットを襲う。前回は気にしてなかったけど、やっぱり相当の負荷がかかってるんだな。

 グランキャリバーの刀身が弾けて、エネルギーの塊が噴き出す。それは徐々に勢いを増していった。


『レンスケ!』


 リベリエルに押され、徐々に近づいてくる人狼ワーフェンリルの背中。エネルギーは十分、射程に入ったところで……!

 ピピ、と人狼ワーフェンリルを示すカーソルが赤から緑へ変わる。

 ――今だッ!


「いっけぇぇぇッ! ニィィィィィィィィィィベルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥングッ!」


 俺は巨大な剣をかたどったエネルギーの塊を振り下ろす。リベリエルはリジール・アシュカロンで人狼ワーフェンリルのビームソードを弾くと、その胴体に蹴撃を喰らわせた。ぐらりとよろめく人狼ワーフェンリル。リベリエルはその隙に離脱した。


「捉えた! そこだァァァァァァァァァァッ!」


 人狼ワーフェンリルは後ろを――こっちを振り向く。だけど、今さら気づいても遅い!

 エネルギーの塊が……ニーベルングが、人狼ワーフェンリルを襲う!

 ニーベルングが人狼ワーフェンリルの右腕に直撃する! 俺はそのままニーベルングを横に薙いだ。

 しかし――


「なッ……!」


 人狼ワーフェンリルはニーベルングが直撃した右腕を切り離し、身を翻した!

 ニーベルングを避けた人狼ワーフェンリルは、真っ直ぐこちらに向かってくる。あいつ……右腕を犠牲にしてニーベルングを避けたっていうのかよ……!

 エネルギーが霧散し、消滅する刀身。グランデルフィンがゆっくりと片膝をついた。

 モニターの端のゲージを見ると、グランデルフィンのエネルギーはもうほとんど残っていない。動かすことが、出来なくなっていた。


『レンスケどうした!?』


 この声、レヴリオさんか。エネルギーの使いすぎで通信も最低限なものになっている。もちろん、ウィンドウは表示されない。


「さっきので、エネルギーを使いすぎちゃったみたいで。動かないんです」

『なんだって……! じゃあ、避けられないってことか!?』

「そう、なりますね」


 眼前には、空から猛スピードで降下してくる人狼ワーフェンリルの姿。


『やらせない!』


 リベリエルが、人狼ワーフェンリルを追いかける。しかし距離が開きすぎていたのか、一向に追いつけないようだった。


「動け……動いてくれ、グランデルフィン」


 エネルギーを使い果たしたためか、強化外装である「H.H.H.スリーエイチ」が外れ、粒子となって消えていく。

 残されたのは、元の姿に戻ったグランデルフィン。

 モニターは生きている。俺にはそれは、迫り来る死をまじまじと見せつけているように思えた。

 人狼ワーフェンリルの凶爪が、迫る。


「万事、休すなのか……!?」


 今のグランデルフィンじゃ、おそらくあの攻撃を防ぐことは出来ない。

 俺はチラリと、後ろを振り向いた。


「……どう計算しても、コックピット直撃コースね」

「フィーネ。今すぐグランデルフィンから降りるんだ」

「降りたところで、あいつの攻撃を躱せるわけじゃないわ。それに、グランデルフィンを失ってしまう。それじゃ意味がないのよ」

「でも!」

「大丈夫よ、蓮介。あなたは死なないから」

「一体なにを――」

「ほら、話してる暇があるなら、グランデルフィンを動かしなさい」

「やってるよ! けど……動かないんだ……!」


 人狼ワーフェンリルの凶爪は、もう目前まで迫っている。このままじゃ、確実に殺られてしまう。

 ……おい、グランデルフィン。お前は、俺の想いに応えてくれるんじゃないのかよ。こんなところで、油売ってる暇はないぞ。動けよ、グランデルフィン!

 しかし、エネルギーの残っていない機神は応えない。


『グルァァァァァァァァッ!』


 それは、勝利の咆哮なのか。人狼ワーフェンリルえる。

 突き出される爪。その切っ先が、コックピットへと迫る。

 俺は目を閉じ、自分をこれから襲うであろう衝撃と痛みに備える。これで、終わりか……!








 ――しかし、それは訪れなかった。




 俺がおそるおそる目を開ける。眼前には、爪の切っ先。

 そして、胴体を貫かれたリベリオの姿が、視界に入った。

 個別通信プライベートチャンネルだ。


『なんとか、間に合ったみてぇだな……』

「その声……ガイさんですか!?」

『おう。……無事で、なによりだぜ……』

「助かりました、ありがとうございます……。ッ、ガイさん! 今すぐコックピットから脱出を!」

『それは無理な相談だ……』

「どうして……?」

『さっきからな……下半身の感覚がねぇんだ。目の前も真っ暗で、何も見えやしねぇ』

「それって……そんな!」

『……いいか、レンスケ。よく聞けよ』


 ガイさんは、一呼吸置いてから言った。


『――絶対に死ぬな。生きろ。泥水を啜ってでも、生き抜いてみせろ。お前に、俺の命を託した。みんなを……頼んだぜ』

「ガイさ――」


 目の前で巻き起こる爆発。その衝撃で後方へ吹き飛ばされるグランデルフィン。

 味方のシグナルが一つ消失ロストする。


「あ、ああ……!」


 爆煙の向こうには、悠然と立ち上がる人狼ワーフェンリルの姿が見えた。

 そこに、ガイさんのリベリオの姿はない。


「ッ、……ガイさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」

『ガイ、てめぇまで……ッ!』


 ザードさんの搾り出すような悲痛な声が聞こえる。


「俺は……俺は、弱い……ッ!」


 俺はガン! とコックピットを殴りつける。俺のせいだ。俺のせいで、ガイさんは死んだ……!

 クロムもそうだ。俺が弱いせいで、死なせてしまった。

 頬を、熱いなにかが通っていく。涙が、頬から顎へ、そして、顎から滴り落ちていく。


「強く……もっと、強く……!」


 俺はあらん限りの力で操縦桿を握る。

 そういえば、クロムのときも、こんな感じだったな。


「力を貸せ、グランデルフィン! 俺に力を、貸しやがれぇぇぇぇぇぇぇッ!」


 すると、視界が翡翠に染まった。

 翡翠色の粒子がに包まれるグランデルフィン。全身の装甲にヒビのような線が刻まれていく。

 さらには、下半身から徐々に、線を刻まれた装甲が浮きあがっていく。

 その姿はまるで、脱皮しかけのさなぎのようだった。

 頭の中に、情報の羅列が流れ込む。この感じも、中々久しぶりだ……。

 必要な情報のみがピックアップされる。いつものことだ。

 なるほど、そうすればいいのか……!


「弾け跳べ! 装甲解除アーマーパージッ!!!」


 全身の装甲が、周囲へ飛んでいく。装甲の欠片は人狼ワーフェンリルの元まで飛んでいき、その身体にダメージを与える。


「第三の扉……! やっぱり見込んだ通りね。ここまで覚醒が早いなんて、想像はしてなかったけど」


 第三の扉……? 覚醒? 何のことだかわからないけど……こいつはさしずめ、グランデルフィン・アクトⅢってところだろうな。

 ほとんど装甲はなく、その姿は限りなくフレームに近い。一撃でももらえば、その瞬間に終わりだ。

 装甲をできる限り脱ぎ捨て、機体重量を限りなく減らした……まさに、超加速の機体。

 ゲージを確認すると、エネルギーの量は最大値まで回復していた。

 俺は、手に持ったままだったグランキャリバーにエネルギーを流し込む。通常時よりも小さめに刀身を作り出す。


「ガイさん……俺は弱いよ。でも、見ていてくれ。あいつを、絶対倒すから!」


 真っ直ぐに人狼ワーフェンリルを見据える。

 ガイさんが繋いでくれたこの命と、手に入れた新たな力。

 その二つで、お前を倒すぜ、人狼ワーフェンリル

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