第十七話「蒼赤の魔蠍」

 ユーリちゃんを追う俺たちは、遺跡の外へと急いでいた。今頃ユーリちゃんは外へ出ているはず。悠長にはしていられない。なんて言ったってアンタレスの性能は未知数だ。みんなで抑えられるかどうか……。


「おおっと!」

「こっから先は!」

「行かせないぜぇ!」


 俺たちの前に立ちふさがる数人の男。その手にはそれぞれ刃渡り十センチメートルほどのナイフが握られていた。なるほど、こいつらがユーリちゃんの部下ってわけか!

 男たちが俺たちにナイフを突きつける中、俺の真横を風が通り過ぎていく。

 いや、風じゃない。罪希とレヴリオさんだ!


「邪魔を……」

「すんじゃねぇ!」


 罪希とレヴリオさんが走りこむ。

 罪希は一番手前の男に肉薄。掌底しょうていを男の顎に打ち出す。その一撃が鋭く決まり、男を昏倒させた。

 レヴリオさんは拳銃を相手のナイフに狙いを定め、次々と弾丸を放っていく。その全てに弾丸は当たり、刀身が綺麗に砕け散った。

 自分の得物がなくなり動揺している男たちに罪希が接近。掌底で次々と沈めていく。


「……本体まで化け物かよ」

「なにか言った?」

「いやなにも」

「無駄口叩いてないで、さっさと行くぞ!」

「はい!」


 遺跡の外へ出ると、認識撹乱膜インビジブルが解けたのかアズールアークがその姿をあらわにしていた。


「みなさん、乗ってください!」


 俺たちは近くに置いてあった車に乗り込む。運転手はラグナさんだ。

 見れば周囲の木々は薙ぎ倒されており、平地と化していた。

 そこでは、地面を滑るように走るリベリオと、空に浮いて砲撃を行うヴォルケーの姿が。さらに空中では数機のブラウェイバー(第一部隊の機体)がヴォルケーと応戦している。俺はアンタレスの姿を探す。

 その姿はすぐに見つかった。平地と化した場所の最奥。森の手前で悠然とたたずんでいた。自ら行動を起こすつもりはないようだ。


「突っ込みますよ!」

「えっ」


 正面に向き直ると、開いていくアズールアークの下部ハッチ。しかしまだ完全には開ききってはいなかった。


「突っ込むってまさか……!」

「掴まっててください!」


 速度を上げる車。前方にはジャンプに丁度いい出っ張った岩が。待って待ってラグナさん!? あなたまさかその岩で――


「跳びます!」

「やっぱりかぁぁぁぁぁぁッ!」


 グワンと揺れる車内。その直後に感じる浮遊感。恐る恐る窓の外を見ると、森の木々が下に見えた。

 ……嘘でしょ? 車で跳んでるの?

 一際強い衝撃。どうやら無事開きかけていたハッチに飛び乗ることが出来たようだ。


「し、死ぬかと思った……」

「さ、みなさん自分の機体へ急いでください!」

「それもそうね」


 俺たち三人はそれぞれの機体へと走っていく。

 昇降用クレーンに乗り、コックピットへと上っていく。乗り込み、ハッチを閉じる。


「遅かったわね」


 後ろでは既にフィーネが待機していた。


「悪いな……で、修理は?」

「完璧よ」

「そりゃいい。早速出るぜ!」


 俺は操縦桿トリガーを接続し、グランデルフィンを起動させる。

 そこへ通信。ラーミナ艦長だ。


『レンスケ君、発進お願いできるかしら?』

「わかりました!」

『私もいけます』

『俺もいけるぜ』

『では三名、発進お願いします!』






『そらぁッ!』


 コバルトグリーンの狙撃。その一撃が次々と上空のヴォルケーを落としていく。


『私だって!』


 放たれる弾幕の間を縫うように突き進むリベリエル。

 双剣リジール・アシュカロンを振り、ヴォルケーを次々と切り落としていく。ほんとにこの二人は心強いぜ!

 俺はというと、一直線にアンタレスへと向かっていた。


『やっと来たね! さあ、僕と遊ぼう!』


 鋏がこっちに向けられる。アラートが鳴り、グランデルフィンがロックされたことを告げた。わかってるよ!

 発射されるビーム。スラスターを噴射させ真横に避ける。この程度ならッ!


「バスター!」


 右手を収納しグランバスターへと換装。照準を合わせ、ビームを放つ。


『そんなの!』


 尾が鋭くしなり、ビームを弾いてしまう。

 しかもアンタレスが思ったより小さくて、狙ったところに当てられない……!


『レン坊!』

『俺たちもやってやんぜ!』


 下を見ると、五機のリベリオが地面を滑りながらアンタレスへ向かっていく。周囲を取り囲み、素早い動きで翻弄する。


『喰らえサソリ野郎!』


 その手に持ったアサルトライフルを、全方向から浴びせていく。いかし、その装甲の前には歯が立たないようだった。


『なんなんだよ……その腑抜けた攻撃はぁっ!』


 アンタレスの尾が真っ直ぐと上空に向けられる。そこからビームが放たれた。ユーリちゃん、なんでそんなところに……。


「ッ、まずいわ、避けて蓮介!」

「避けるったって――」

「いいから!」


 フィーネの忠告通り後ろに下がる。

 すると、上空に放たれたビームが拡散、ビームの雨となって地上に降り注ぐ!

 下にいた五機のリベリオは避けることが出来ずに、爆散してしまう。


「な……ッ」

『そんな……みんな……』

『バカヤロウ共が……機神には手ぇ出すなってあれほど言っただろうが……!』


 罪希の嗚咽、ザードさんの怒号が聞こえる。

 ……仲間が、殺された? こんなに、あっさり……。


『避けられちゃったか……』

「ユーリちゃん……!」

『残念だけど、僕は女じゃなくてだ! ちゃん付けはよしてほしいね!』

「マジかよ……」


 え、なに? ユーリちゃん男の娘だったわけ? じゃああの格好も女装?

 ……ショックがでかいぜ。


『邪魔なやつも消したし、遊ぼうよ! グランデルフィン……いや、終想の機神!』


 ユーリちゃんの口から語られた言葉が、みんなの動きを止める。


『えっ、それって……』

『どういうことだ……?』

『レンスケもあの話を聞いてピンと来たんじゃないのかい? グランデルフィンが終想の機神だってさ!』


 ユーリちゃんが俺に問いかける。

 ……ああ、そうか。ようやく、ピースがはまった気がした。


『そんなの、見つかってない機神の可能性だって……』

『ないよ。あそこに上がらなかった機神は二体。そのどちらも僕らリクリエイトが発見している。必然的にそこ機体が、終想の機神なんだよ』

『そんな……』


 罪希が、レヴリオさんが、ザードさんが。その場にいる全ての人の視線が、俺に向けられる。俺、というよりかはグランデルフィンと言ったほうが正しい。

 なおも、ユーリちゃんは話を続ける。


『そいつは君たちの敵じゃないのかい? 世界を滅ぼしてしまう機神なんだろう? なにより……黙っているのが良い証拠じゃないか! 自分から認めているようなものだよ!』

「さて、どうする? あんなことを言われているけど」

「……フィーネ。正直に答えてくれ。この機体は、本当に終想の機神なのか?」


 数瞬の間。フィーネは、その口を開いた。


「ええ、そうね。そう呼ばれてるわ」

「それだけ聞ければ、十分だ」


 俺は回線を全周波広範囲通信オープンチャンネルで開く。


「……ああ、あの話を聞いて、なにかが足りなかった。ユーリちゃんのおかげで、ピースがはまったよ。

 こいつが、グランデルフィンが、その終想の機神だ」

『なら君は、人類のて――』

「だけどッ、俺がいる! 俺は、世界を終わらせたりはしない! 確かに、過去の乗り手がそうだったのかもしれない……でも、今こいつに乗ってるのは俺なんだ!」

『だからなんだって言うのさ!?』

「こいつは世界を終わらせる邪悪の化身なんかじゃない。世界を知るために、真実を知るために、俺が選んだ相棒だ! 俺がこいつに乗っている限り、こいつが世界を滅ぼすことはない!」

『はっ、なにを言うかと思えばそんなもの……』

『いくぜお前ら!』

『『『おう!』』』


 一斉に攻撃を再開するみんな。その対象は……アンタレス。


『なんで僕に!?』

『考えが浅はかなんだよ、お前は!』


 レヴリオさんの狙撃。しかし、その尾に弾かれる。


「これは……」

「蓮介が信頼されている証ね」

「俺が……」


 みんなの想いが、心に染み渡る。ありがとう、みんな!


 ――今なら、いける気がする!


「うおおおおッ! 来いッ、アクトⅡ!」


 グランデルフィンの全身を翡翠色の粒子が覆っていく。

 全身に強化外装が生成されていく。瞬く間にグランデルフィンが強化された。

 粒子が飛び散り、その姿があらわになる。


「ユーリちゃん、いくぞッ!」

『だからちゃん付けするなっ! そっちがその気なら、こっちだって……変形開始トランスフォーメーション!』


 アンタレスが宙に浮き、その体を変形させていく。

 尾が駆動し、左腕に。副尾が右腕に。副尾の針が開き、手を形作る。

 六本の足だったものが背中へ動き、バックパックとなる。

 鋏と腕が向きを変え、足となった。

 胴に埋め込まれていた頭が出現し、六つのカメラアイが輝く。

 腰のフロント部分が開き、翡翠色に彩られた半透明のスカートが出現する。


『アンタレス、人型形態ヒューマノイドフォーム!』

「これが、アンタレスの本当の姿か……!」

『さあ、やろうか……グランデルフィン!』

「望むところだ……いくぜ、ユーリちゃん!」


 どんな攻撃をしてくるのか、どんな戦い方なのかはわからない。でも、やらなきゃいけない。グランデルフィンの正義を、証明するために!

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