第十六話「機神の伝承」

 艦に戻った俺たちは、早速居住区になっているという遺跡のエントランスまでやってきた。ユーリちゃんの家族を探すためだ。

 しかし、どれだけ聞いて回っても、そんな子供は知らないと一蹴されてしまう。

 仕方なく、ここの長のいる部屋へユーリちゃんを連れて行く。そこには長と話すレヴリオさんがいた。


「今度は若いお客さんじゃのう」

「どうしたんだ、レンスケ」

「いえ、この子の家族を探してて……」

「見つかったのか?」

「いえ。手がかりすらなくて」

「ふむ……なれば、もしかしたらその子は他の集落の生き残りの子かもしれぬ」

「他の集落、ですか?」

「うむ。この遺跡の周囲には廃墟になってしまった集落がいくつかあってのう。その生き残りと考えれば、自然じゃろうて」

「確かに……」

「どれ。その子はワシが預かっておこう」

「ユーリちゃん、大丈夫?」

「うん!」

「じゃあ、よろしくお願いします」

「あいわかった」


 俺が部屋を出ようとすると、レヴリオさんに呼び止められる。


「ちょうどいい。これから遺跡調査を行う。お前もついてこい」

「わかりました。それで、今回の人員は?」

「そこまで広くなさそうだし、俺とお前……あとは罪希とラグナだな。二人にはもう連絡してある」

「じゃあねユーリちゃん」

「うん!」

「いい返事だ」


 俺はユーリちゃんを長に預け、レヴリオさんと共に部屋を後にする。

 新しい遺跡、ワクワクするね!






 俺たちはレヴリオさん先導のもと、遺跡の内部を探索していた。なんでも、途中まではここの人たちが探索したみたいで、地図があるらしい。その地図に則って進んでいく。

 幸いにも罠の類は見受けられなかった。


「――止まれ」


 先頭を歩いていたレヴリオさんが手で制す。おそらく、地図にはここまでの道のりしか記されてないんだろう。


「レンスケ。お前にこいつを渡しておく」


 そう言ってレヴリオさんが手渡してきたのは……拳銃。ずっしりと重みを感じる。これが、武器の重みか……。


「ここから先、なにが起こるかわからねぇ。十分注意して進んでくれ」

「わかりました」


 先頭にレヴリオさん。次に俺、罪希、ラグナさんといった並びで、遺跡を進んでいく。ここから先は未開の地だ。最大限警戒して進もう。

 俺たちはゆっくりと、周囲を確認しながら進む。しかし、特になんということはなく。途中で変な視線を数回感じたけど何も起こらず、無事に最奥の扉の前に辿り着いた。

 扉を開けると、そこには巨大な扉と、まだ生きているであろう電源のついているコンピューターがあった。

 レヴリオさんが近づき、そのコンピューターを調べる。軽快なキータッチ音がその場に響く。


「……マジかよ」


 そう呟くレヴリオさん。俺たちは、次の言葉を待った。


「ここに書いてあるのは……機神についての研究データ。言わば、伝承だぜ」

「――ッ!」


 全員が息を呑む。それはつまり……機神について調べた人が昔にいたってことか?


「それでなんと書いてあるんですか!」

「落ち着けラグナ」

「あ、はい……」

「破損してるデータがたくさんあるが、かろうじて生き残っている部分があるな……ちょっと待ってろ。今まとめる」


 レヴリオさんは再び軽快なキータッチでコンピューターを操作していく。


「読むぜ。

『――これを読んでいる未来の人間よ。君たちに伝えなければならないことがある。各人も既に知っているであろう、出会っているであろう機神についてだ。

 機神が存在する理由。それは兵器としてではない。唯一つ、封印を施すためだ。機神の役目とは、世界を終焉へと導く魔神の封印。機神はその身体に封印式を埋め込み、その存在によって魔神を抑えつけている。

 現在わかっている機神は五体。紫黒しこくの死神、白銀はくぎんの天使、黄緑おうりょくの戦士、蒼赤そうせきの魔蠍、黒白こくびゃくの堕天。

 他にも数体存在しているらしいが、ついぞこの目で見ることは叶わなかった。

 そして、対機神アンチデウスエクスマキナとも呼ばれる最悪の機神が存在する。終想の機神……魔神を蘇らせるために造られた機神だ。あれは人類の敵……他の機神を滅ぼす機神だ。くれぐれも、気をつけてくれ……』……ここで終わってるな」


 レヴリオさんは軽く息を吐くと、俺たちに向き直った。


「リベリエルとディスペイン……他の三機は知らない」

「いや、この黄緑の戦士ってのはうちのビビリ君の機神のはずだ。機神を機体色であらわしているのなら、だけどな」

「それにしても終想の機神なんて……話がぶっ飛びすぎてる気がする」

「いや、そうでもないぜ。俺たちが調査してる遺跡で度々その名前が出てくるんだ」

「世界を終焉へと導く機神……と、ね」

「でも、そんな機神が本当に――」


 みんなの話を、俺はどこか上の空で聞いていた。

 世界には、その世界を滅ぼす魔神がいて……機神はそれを封印するために存在する? そしてそれに敵対する機神が一体……なんだろう。なにかを見落としている気がする。とても大切な、なにかを。


「ちょっと待って! ディスペインは破壊された……じゃあ、封印が一つ解けたってことに……!?」

「なにか、影響はありそうですね」


 ピースが、足りない。パズルはほぼ出来上がっている。ただ、中心のピースが一つ欠けている……そんな感じだ。

 すごくモヤモヤする。自分は知っているはずなのに、出てこない……変な感覚だ。


「じゃあ、もうここに用はな――」

「いや、待ってくれ。続きがある」


 ラグナさんの言葉を遮るようにしてレヴリオさんは言った。カタカタとキーボードをタッチする。


「『……長年の調査の結果、適性者アプティテュードでなくとも動かせる機神を私は発見した。先ほど挙げた五機のうちの一機……蒼赤の魔蠍、アンタレスだ。

 適性者でなくとも動かせる代わりに、代償が存在する。それは、自分の体内に毒を打ち込まなければならないこと。アンタレスのコックピット内にある腕輪型のキーデバイス……それを装着することでアンタレスの毒が打ち込まれ、強制的に適性者になれるのだ。

 この扉の向こうに、それはある。未来の人々よ、どうかこいつを、有効に使ってやってくれ』……だとさ」

「ということは、どこかにその扉を開けるためのスイッチがあるということですよね」

「だろうな……お、あった。これだろうな。押すぜ?」


 レヴリオさんがコンピューターに備え付けられたスイッチを押す。すると、眼前にそびえ立っていた巨大な扉が音を立てて開いていく。

 そこには、蒼と赤に彩られた異形の機体が存在していた。

 大きな針のついた尾が、弧を描きながらこっちを見ている。その側面には副尾とも呼べる小さな針が伸びていた。

 前方に展開されている二つの鋏が、ライトに照らされ怪しく光っていた。

 その機体の下から伸びる六本の鋭い足が、床をしっかりと掴んでいる。

 全体的に鋭角なフォルム……その姿は、まさにサソリだった。


「人型じゃ、ない……?」

「珍しい……というか始めて見たぜこんなの……」


 俺たちはその姿に、魅せられていた。既存のどのBGブレイヴグラスパーの枠にもはまらないその攻撃的なフォルムに、見惚れていた。……かっこいい。どんな武装がついてるんだろうか……気になるね!

 ふと、背後に誰かの気配を感じた。この感じ……さっき感じた視線と同じ……?

 振り向くとそこには、こっちに走ってくるユーリちゃんの姿があった。


「って、ユーリちゃん!?」

「おいおい、とんだお転婆っ娘だねぇ」


 ユーリちゃんは速度を緩めることなく――アンタレスへと向かっていく。


「おい、様子がおかしいぜ!」

「まさか、あの機体を……」

「させないッ!」


 罪希が拳銃を構え、容赦なく引き金を引く。って、お前! 相手は子供だぞ!?

 発砲。撃ち出された弾丸。

 しかしユーリちゃんは、その弾丸を何事もなく避けた。


「アハハッ、当たらないよっ」

「くそッ、なんだって言うんだ!」


 レヴリオさんが銃を構え、引き金を絞る。吐き出された弾丸はユーリちゃんの服を掠めるも、その動きを止めるには至らない。レヴリオさんの一撃まで避けた!? 一体何者なんだよユーリちゃんは!


「この距離で、俺の弾を……!? なんて身のこなしだ……」

「アハハッ、残念だったね!」


 ユーリちゃんは扉の向こうへと到達し、アンタレスのコックピットハッチを開いた。そのまま乗り込むユーリちゃん。


『アハハハ! これでも機神持ちだ!』


 中心のメインカメラが発光し、機体が動き出す。その鋭く尖った六本の脚が、地面を踏みしめた。


「ちっ、とりあえず戻るぞ!」

「わかってるけど……!」

『クハハハ! いいよ、僕は先に上に向かわせてもらう!』


 両の鋏が上を向き、ビームが発射される。その砲撃は天井を穿ち、大きな穴を空けた。グラグラと揺れる遺跡内。


「ちょ、このままだとここも崩れるんじゃない!?」

「あいつ……!」

『良いことを教えてあげるよ。ここに潜入したのは僕だけじゃない。他にもいるってことさ! ま、せいぜい頑張ってね!』


 スラスターを噴射させて宙に浮き上がるアンタレス。天井に空いた穴から外へ出て行く。

 俺たちが戻ろうと走り出したところでインカムに通信が入る。


『今の揺れは一体なんです?』


 ラーミナ艦長の声だ。

 レヴリオさんが今の状況と、経緯を説明する。あくまで走ったままだ。


『幸いにも、艦の内部にも外部にも損傷はないです。避難民を受け入れて――』

「それはまった。その中に敵がいる可能性がある。事が収まるまでは、受け入れるな」

『敵がいるかも……!?』

「迂闊だったぜ……相手が野蛮な部隊だからと、油断していた。俺のミスだ……」

「それを言うなら、俺たちのミスです。むしろ俺のミスだ。ユーリちゃんを助けたのは、俺ですから……」

「気にすんな。気づけなかった俺たちも同罪だ。……それより艦長。敵機が出てきたら、リベリオとブラウェイバーで応戦してくれ」

『わかりました。……急いでくださいね?』

「もちろんだ。聞いたな、急ぐぞ!」

「「「はい!」」」


 俺たちは息をするのも忘れ、ひたすらに道を走り続ける。お願いだから、間に合ってくれよ……!

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