第十五話「邂逅」

 発艦した俺は、すぐにレーダーを確認する。なるほど、左右に五機ずつ分かれて行動してるってわけか。

 罪希に通信を送る。


「罪希。左右に五機ずつ分かれてるみたいだ」

『なら右の部隊は私がやる』

「了解だ。じゃあ俺は左だな」


 リベリエルはABSOLUTEシステムを作動させていない。なんでもあの状態はパイロットにかかる負担がとてつもないものらしい。非常時以外は作動させないとは罪希の談だ。

 ちなみに、罪希から聞いた話では、ABSOLUTEシステムっていうのはそれぞれの頭文字をとってそう読むらしい。正式には

『Accumulation

 Barrier

 Scarcely

 Offensive

 Limitation

 Utterly

 Thwart

 Energy

 System』

 と、読むらしい。フィーネは『制限のほとんどない、攻撃を完全に妨害する蓄積エネルギー障壁システム』って言ってたな。

 俺は翼を広げて、スラスターを噴射させる。徐々に速度を上げていくグランデルフィン。あくまで無理をしない程度に、だ。無理して故障したら目も当てられない。今は普段の七十パーセントの出力しか出せない。苦戦は免れないか……。

 進んでいると、眼前にヴォルケーの姿を捉える。数瞬ののちにアラートが鳴った。ロックオンされたみたいだ。さすが長距離砲撃機体ってところか!


『総員、撃ち方始めぇッ!』


 五機の左腕の砲塔それぞれから吐き出されるビーム。スラスターの向きを変えて、噴射。それらを躱し、一気に肉薄していく。


『ひっ』


 敵パイロットの怯えたような声が聞こえる。俺はすかさず両腕をグランバスターに換装する。


「これでッ!」


 ゼロ距離での砲撃。グランバスターの一撃でその両腕を消し飛ばす!

 ……この出力でも十分に戦える。いけるぞ!


「いけッ、スティンガー!」


 俺の真横に陣取っていた二体のヴォルケーにグランスティンガーを撃ち込む。当たりはしたものの、装甲をへこませる程度で致命傷にはならない。

 でも、一瞬の隙は作れた! 俺はそのままグランバスターを両機の砲塔に向け、撃ち放つ。その一撃は見事に銃口に吸い込まれていき、二機の巨大砲塔は爆発に飲み込まれていった。


「おっと!」


 後ろからの砲撃をすんでのところで躱す。味方の被弾にも動じない。よく訓練されているみたいだ。こいつら本当に一番野蛮な部隊なのか……? 統制がとれてて、ある意味第一部隊よりもしっかりしている気がするぜ。


『お前たち、怯むな、かかれ!』

『イエス、リーダー!』


 両腕が無事な二機は、その巨大砲塔を俺に向ける。砲塔を破壊された二機は懐からマシンガンを取り出し、俺に向けた。両腕を失った機体は後退していった。無駄な犠牲者は出さない、か。


『レンスケ、そっちはどう?』


 罪希からの通信だ。


「ま、ぼちぼちって感じかな。そっちは?」

『なかなかしぶとい。でも、すぐ片付けてそっちへ行く!』

「サンキュ。こっちはこっちで頑張ってみるさ!」


 さて、周りを囲まれちゃいるが、なんとかするしかないだろ!

 一斉に放たれる弾丸と砲撃。それを紙一重で回避していく。

 くそっ、弾幕を張られたか! 迂闊に近づけないな……リベリエルほどの機動力があれば、弾幕をくぐり抜けられるんだけどな!

 俺はグランスティンガーで牽制しながら、近づいていくタイミングをはかる。マシンガンを使っているなら、絶対にその隙が生まれるはずだ。その隙を、逃さない!


『ちっ、しぶといやつだ』


 マシンガンを乱射していた二機がマガジン交換のために弾倉を外す。

 弾丸の嵐が、止んだ。


「――今だッ!」


 七十パーセントギリギリの出力。スラスターを最大噴射させて四機の元へと近づいていく。右翼上部から柄を射出し、それを握る。エネルギーを収束させ、一本の刀身を作り出す!


『お前たちなにをやってる! 撃てッ!』


 しかし撃てるのは砲塔を失っていない二機のみ。残りの二機は動揺からかマシンガンのマガジン交換に手間取っている。とりあえず、動きの鈍いあの二機からだ!

 俺はそのうちの一機に近づき、グランキャリバーを袈裟懸けに振り下ろす。その一撃は頭部と右腕を切り伏せた。


『このぉッ!』


 もう片方はマシンガンを捨て、腰からナイフを取り出した。それをコックピット目掛けて突き出してくる。


「見えてるんだよッ!」


 俺はスラスターを噴射、機体を急回転させてもう一機に向き直る。突き出してくるその拳をナイフの柄ごと左手で握り潰し、グランキャリバーで下から切り上げる。その腕を切り落とし、胴体を蹴り飛ばす。


『たった一機のBGブレイヴグラスパーにィ……ッ!?』

「悪いな! こっちのは特別製だッ!」


 残りの二機から放たれる砲撃。それを避け、左の一機に近づいていく。

 慌ててマシンガンを取り出し弾幕を張られるも、俺はそれを急降下して避ける。


「こ……んのぉぉぉぉッ!」


 そこから急上昇して、通りすがりに両足をグランキャリバーで切り落とす! 相手の動きが止まったところで急反転。

 とてつもないGが俺を襲う! これくらい我慢しろ、俺!

 背後から左腕を切り、返す刃で右腕を切り上げる。胴体のみになったその機体を蹴り飛ばす。よし、残り一機!

 と、もう一機を振り向き――


『動くな!』


 残りの一機から全周波広範囲通信オープンチャンネル。その機体は右腕になにかを握っていた。カメラを拡大し、それを見る。


『動けば、こいつを殺すぞ!』


 その手に握られていたのは――まだ中学生くらいの歳であろう女の子。


「ッ、こいつ……!」


 これは明らかに人質だ。俺の動きを止めるために、女の子を……それに、一番野蛮といわれる第五部隊の連中だ。動けば躊躇なくあの女の子を握りつぶすだろう。ここら辺にいるってことは、おそらくあそこに住んでる子の一人なんだろう。是が非でも助けなきゃいけない。


「いやっ、放してっ! 助けてっ!」


 女の子はヴォルケーの手の中でもがき苦しんでいた。腕を抜こうにも、ぎっちり掴まれているみたいで、抜け出せそうにない。

 ……くそ、今の俺にはどうすることも出来ない。卑劣な手段だけど、今の俺にはそれが一番刺さる……!

 俺は深く息を吸い込み、吐き出す。後ろを振り向き、フィーネを向く。


「フィーネ、罪希に打電」

「……内容はどうするの?」

「任せる」

「わかったわ」


 下手な動きを見せるわけにはいかない。動きがもしバレたら、あの子は殺されてしまう。それだけは絶対にさせない!


『動くな。そのままパイロットは出て来い』

「ああ、わかった」


 俺はチラッと後ろを一瞥する。フィーネはコクリと頷いた。おそらく、言いたいことは伝わっただろう。

 あまり時間をかけても怪しまれる。俺はすぐにコックピットのハッチを開け、外に出る。

 頬を刺す鋭い風が、俺を襲う。吹き飛ばされないようにしがみつく。


『ほう、まだガキじゃないか』


 ヴォルケーはその巨大な砲塔を俺に向ける。銃口の中、その奈落のように深い黒が俺を見つめていた。

 ゾワリ、と感じる悪寒。死が目の前に迫っている恐怖。

 直に突きつけられた死。俺の頬から 汗が滴り落ちる。


『そのまま動くなよ、ガキ。動けば。こいつの命はねぇからな?』


 殺意を、感じる。その巨大な銃口からほとばしるパイロットの殺意。

 俺はと言うと――笑っていた。


『なに笑ってやがる!』

「いや、可笑しくてさ!」

『なんだと……? お前の命は、俺の行動次第で――』

「だから、あんたはもう詰んでるんだよ。ぜ?」

『なにを……』


 銀の軌跡が、眼前を通り抜けていく。ヴォルケーの右手が切り落とされ、女の子が落下する。俺は声を上げて叫んだ。


「フィーネッ!」

「わかってるわ!」


 フィーネはグランデルフィンを操作し、落ちていく女の子を両手で受け止める。そのままコックピットの前まで持っていき、俺が女の子を引き上げた。

 女の子をコックピットに引き込み、ハッチを閉じる。

 俺は笑顔で話しかけた。


「もう大丈夫だよ。掴まってて」

「あ、はいっ、ありがとうございます!」


 弾けるような笑顔。

 女の子の見た目は、カメラから見たとおり十四歳程度。真っ赤に燃えるような真紅のツインテールと、その対照的とも言える蒼色の瞳が特徴的だ。

 一言で言えば、可愛い。愛らしいと言える。

 俺は正面に向き直り、操縦桿トリガーを握りなおした。


「随分と汚い手を使ってくれたな!」


 俺は右腕をバスターに換装し、残った巨大砲塔を吹き飛ばす!


『クソッ』


 背中を向けて敵機が撤退する。それを、白銀が追いかける。


『――逃がさない!』

『やめっ、死に――』


 銀の一閃。気づいたときにはもう、リベリエルはリジール・アシュカロンをヴォルケーのコックピットに深々と突き刺していた。ゆっくりと、それを引き抜く。

 爆発。ヴォルケーはその身体を四散させた。


『甘いよ、レンスケは』

「……甘くていいさ。俺は、敵を殺したいわけじゃない」

『そんなんじゃ、自分が見逃したやつにいつか自分が殺されるよ』

「そんなの、また追い払えばいいだけの話だろ?」

『まったく……』


 呆れたような罪希の声。でも、罪希が俺のことを心配してくれるなんてな……嵐でも起きるんじゃないか心配になってくるね。


「とりあえず戻ろうぜ。この子も帰さなきゃいけないし」

『それもそうね。じゃあ、先に戻ってるよ』

「おう」


 リベリエルの機体色が銀色から白灰びゃっかいに変わる。翼も閉じ、リジール・アシュカロンも装甲の中へ消えていく。

 リベリエルはチラリ、とこっちを一瞥すると、アズールアークへと戻っていった。

 俺は腕の中の女の子に話しかける。


「君、名前は?」

「えっと、私はユーリ。ユーリ・エールです!」

「ユーリちゃんね。もう大丈夫だから、安心して」

「はい!」


 輝かしい笑顔。……この子を守れて良かったと、そう思える。この笑顔が報酬だな。

 ……いや、俺は別にロリコンじゃないですよ? 可愛いものを愛でてるだけです。


「……やれやれ。あなたは自ら火種を背負い込む体質なのかもしれないわね……」

「ん、なんか言ったか?」

「何も言ってないわ。さっさと帰りましょう」

「? そうだな」


 俺は反転し、スラスターを噴射させて速度を上げる。

 任務ミッション完了コンプリートだ!

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