第十四話「新たな戦い」

 アズールアークが発進してから、早くも一週間が経った。現在は太平洋上を東に進んでいるらしい。

 今ではふねでの生活にも慣れ、暇な……平和な毎日を送っている。

 退屈ではあるけど、平和ってのはいいものだ。心が落ち着く。


「ようレンスケ。こんなところにいたのか」


 甲板で潮風に当たっていると背後から声が。振り向くと、そこにはレヴリオさんがいた。


「どうしたんです?」

「なに。もうじき目的地に着くから艦橋ブリッジに集まれ、だとさ」

「えっ、もう着くんですか? 速くないです?」

「なんでも、この艦は高速艦らしいからな。思った以上に速いってのは俺も同意見さ」

「……そうですか」


 俺は振り返り、眼前に広がる蒼を見つめる。アズールアークの深い青とは違い、こちらは鮮やかな蒼だった。


「海が珍しいのか?」

「珍しい、というか……アズールアークに乗って太平洋に出て、海を初めて見ましたよ。なんていうか、圧倒されました」

「圧倒、ねぇ……」

「大きさもそうですけど……どこか懐かしいと、そう思えるんです。見たことないのに、変な感じですよね」


 俺はレヴリオさんに向き直り、一呼吸置いて続ける。


「こうやってわからないことをわかって、見たことないものを見る。それを、自分の中へ押し込んでいく。それが知るということ思うんです。……だから、俺はまだまだなにも知らない」

「……レンスケがなにを考えてるのか、なにを抱え込んでいるのかは知らない。でもな、俺たちは戦友なかまだ。もし一人でどうしようもなくなった時はさ、少しでもいいから周りを見てみろよ。俺たちはいつだって、近くにいるんだからな」


 そう言って俺の胸を小突くレヴリオさん。そこから暖かいものが、身体中に広がっていった気がした。

 レヴリオさんはフッ、と笑うときびすを返して歩いていく。甲板の扉まで歩いたところで、レヴリオさんは俺に向き直った。


「さ、早く行こうぜ。遅れたらラーミナにどやされちまう」

「……はい!」


 俺とレヴリオさんは駆け足で、甲板を後にした。








 いそいそと艦橋ブリッジへ入る俺とレヴリオさん。そこにはすでに罪希やフィーネ、ザードさんが集まっていた。やっぱ一番遅いか……。


「みんな揃ったみたいね。じゃあ、これからのことを説明するわ」


 ラーミナ艦長の話をまとめるとこうだ。

 あと二時間後には、目的地となる東占領区に到着するという。各機のパイロットは各自搭乗機にて待機。支持があるまで待てとのこと。

 ザードさんには火器管制要員として、艦橋ブリッジに残ってもらうという。

 注意点としたら、このまま進んで東占領区に入ると、突然襲われることがあるので留意してほしいとのこと。そりゃ、敵地に土足で乗り込むようなもんだからな。そうなるのが普通か。

 俺とフィーネ、罪希とレヴリオさんは自分の機体で待機する。なにが起こるかわからないからな。最大限警戒しておくに越したことはない。

 説明を聞き終わった俺たちは、急いで自分の機体へと戻っていく。お互いのシートに座ったところで、俺はフィーネに振り向く。


「フィーネ、一応こっちでも索敵をしといてくれ」

「なに? この艦のレーダーが信用できないのかしら?」

「そういうわけじゃないよ。ただ、二重に警戒しておくのに越したことはないだろ?」

「……それもそうね」


 しかし拍子抜けしてしまうほどなにも起こらず、俺たちは無事東占領区へと入ることが出来た。その後もなにもなく、目的地に辿り着く。

 そこは鬱蒼と木々が生い茂る森の中。昔はここにも都市が広がっていたらしいが、今では見る影もない。自然に溢れた、空気の澄んでいる場所らしい。

 認識撹乱膜インビジブルを展開し、アズールアークは着陸した。着陸とともに訪れる衝撃。揺れが収まると、スピーカーからラーミナ艦長の声が聞こえてきた。


『レヴリオ・セバルス、ザード・タリスマンの二名は、至急艦長室へ来て下さい。それ以外のパイロットはこれまで通り各自機体にて待機。繰り返します。レヴリオ・セバルス――』

「俺たちは待機だとよ」

「そうみたいね……暇だけど」

「暇って言うなよ……」


 確かにそうだけどさ。口には出さないでおこうぜ。

 恐らく、いや十中八九ラーミナ艦長たちはここに住んでる人たちと話し合うために集まるのだろう。その話し合いが終わるまでは待機だろうな。


『レンスケ、ちょっといい?』


 突然の通信……罪希だ。別に、こっちに特に拒む理由はないしな。

 俺は回線を開いた。


「いきなりどうした?」

『……暇だったから』


 みんな考えることは一緒なのか……。しかもそれをはっきり言っちゃう人が多い気がするなぁ。正直なのは良いと思うんだけどね。


『っていうのもあるけど、本題はそこじゃないの』

「じゃあどこ?」

『メカニックの人に聞いたんだけど、遺跡から掘り起こされた機械を使って模擬戦が出来るらしいの』

「模擬戦って……あの模擬戦?」

『レンスケがどの模擬戦を言ってるのかわからないけど、おそらくその模擬戦。機体に取り付けて使うらしい』


 なるほど……自分の機体で練習が出来るってことか。たしかにそれがあれば退屈な時間も訓練に使えていいな。


『ただ、まだ使えないそう。調整に時間がかかってるんだって』

「まぁ遺跡から持ってきたものだし、年数が経ってても不思議じゃないよな」

『そういうこと。模擬戦が出来るようになったら私とやらない? あの時の続きってことで』


 あの時……俺と罪希が初めて出会った、あの時か。

 罪希のリベリオの速さに圧倒されて、それでも機体パワーでなんとか勝ったけど、今やったらどうなるんだろうか。残像を残すほどの超高速機体相手にグランデルフィンで勝てるのかな……あれ以来、アクトⅡにもなれていないし。

 それに、グランデルフィンはまだ完全に修復が終わってない。ま、無理をさせた代償ってやつだな。


「そうだな。それが使えるようになったら、また戦おう」

『うん、約束』


 そういう罪希の顔は、笑っていた。心の底から楽しそうに、その笑みを浮かべている。罪希だって女の子なんだ。こういう表情が似合う。

 すると――


 ファンファンファンファンファン――


 緊急を告げるアラートが鳴る。


「フィーネ!」

「ええ、ここに近づいてる機体がいるわね。詳しい数まではわからないけど」


 間髪入れずにラグナさんからの通信が入る。


『敵機接近。所属はリクリエイト第五部隊! 照合した機体は……ヴォルケー!』

「了解! グランデルフィン及びリベリエル、直ちに出撃します!」

「その数はおよそ十機です! ヴォルケーはその左腕が巨大な砲塔となっています。強力な砲撃に注意してください!」

「聞いたな、罪希」

『もちろん』

『或羽罪希、リベリエル、発進スタンバイ。駆動の正常を確認。発進シークエンスを開始します』


 移動していく罪希のリベリエル。俺と罪希、その他のパイロット全員に配られた発進マニュアルにその手順が書いてある。まあ、俺なんかは暇すぎて覚えちゃったんだけどね。


『ハッチ開放。射出システムのエンゲージを確認。カタパルト接続。射出推力正常。……進路クリア。発進のタイミングを或羽罪希に譲渡します』

『了解。或羽罪希、リベリエル。反抗はっしんする!』


 射出音が聞こえる。どうやら無事出撃できたようだ。


『ヒザキ・レンスケ、グランデルフィン。第二デッキへ。発進スタンバイ。全システムの起動を確認。発進シークエンスを開始します』


 グワン、と機体が揺れる。アームに肩アーマーが掴まれ、足が宙に浮く。

 再びの揺れ。アームから解放され、下ろされるグランデルフィン。


『ハッチ開放。射出システムのエンゲージを確認。カタパルト接続。射出推力正常。……進路クリア。発進のタイミングをヒザキ・レンスケに譲渡します。……頑張ってください』

「了解。ヒザキ・レンスケ、フィーネ。……グランデルフィン、行きます!』


 カタパルトが射出されると同時に身体全体に感じるG。ぐっ、重い……!

 操縦桿を握りしめ、じっと耐える。これからはこの衝撃に耐えなきゃいけないんだ。これくらいで音を上げるな、俺!

 グランデルフィンが今、大空へ飛び立つ!

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