第二章 機神の意味
第十三話前編「そして新天地へ」
暗い。そこは、ただただ暗かった。
目には何も映らない……いや、映ってはいる。果てのない漆黒のみが、俺の視界を覆っている。それはもう、何も映ってないのと同義だな。
ふわふわとどこか海の中を漂っている感覚だ。何かに包まれる感覚と、身体が浮いているという感覚。とても奇妙な感覚だった。
そのくせして耳は小さな音すら拾わない。無音だ。静寂が、辺りを包んでいる。
俺はさっきまでグランデルフィンに乗り、敵と……ノワールと戦っていた。なのになんで、今俺はこんなわけのわからない空間にいるんだろう。
「……ケ」
声が聞こえた。女性の声だ。どうやら、俺の耳がイカれたわけじゃないらしい。そのことにホッと一安心する。
「……スケ!」
誰かの名前を呼んでいるようだ。
「レンスケ!」
「がはッ!?」
腹部に感じる痛み。急激に覚醒していく俺の身体。漆黒の空間は加速度的に色彩を増していく。
――現実へと、意識が戻る。
目を開けた俺の前には、大粒の涙を目の縁に溜めた罪希の姿。
「……なんて顔してるんだよ」
「バカ……目を覚まさないから、てっきり……」
「……寝てただけなんだけど」
嗚咽を漏らす罪希。その肘は、先ほどからずっと俺の鳩尾に入りっぱなしだ。流石に、このままだとホントに死んじゃう……。
「罪希、ちょっとどいてくれ。死にそう」
「えっ、ああ、ごめん」
謝りながらどいてくれる罪希。
俺は鳩尾をさすりながら、立ち上がる。
「街が……」
眼前に広がるのは、すでに不毛の地と化した街の姿だった。無事な建物はほとんどなく、瓦礫にまみれ、とてもこれから人が住んでいける環境じゃない。
周囲には戦いで命を落とした者たちの亡骸が無造作に散らばっている。機体の残骸だ。
「んで、これからあんたらはどうする気だ?」
レヴリオさんが、ザードさんに話しかける。どうやら俺が起きるまで話を待っていたようだ。もうしわけなさを感じてしまう。
「この国を取り戻すって言っても住む場所はねぇし……第一、敵はまだまだ残ってるんだぜ? ここは一番の激戦区だからな。応援が来るのも時間の問題だろう」
「さて、どうするかだな……」
「そこで、だ。俺に提案がある」
「提案? 言ってみろよ」
「それはちょっと待ってくれ。そろそろ来るはずなんだけどな……ほら、あれだ」
「あれって……ちょ、レヴリオさん!?」
「なんだ?」
「あれどう見たって戦艦ですよね!?」
レヴリオさんが指した空の向こう。南の空からやってくる一隻の戦艦。それは近づいてくるたびに、その大きさを増していく。その大きさは三百メートルをゆうに超えるだろう。全体的に鋭角なそのフォルムは、どこか攻撃的な印象を覚える。
「あれは傭兵団『アルジェンター』が所有する空中戦闘艦……その名も、アズールアークだ」
改めて傭兵団アルジェンターの凄さを思い知る。少なくとも並の傭兵団じゃないってことはわかった。
「それで、提案ってなんだよ」
「ああ。アズールアークは見ての通り大きい。ここの住人を全て収容出来るくらいにな」
「それって――」
「それは俺たちにこの国を取り戻すのは諦めろと、そう言っているのか?」
俺の言葉を遮ってザードさんは言った。その表情はいたって冷静だが、その端々に怒りを感じ取れる。レヴリオさんも感じていることだろう。
それもそうだ。ずっとこの地で戦ってきたザードさんたちに、この国を捨てろって言ってるようなものだからな。
「違う違う。俺たちはあんたらの国取りに協力しようって言ってるんだ」
「なに?」
「ただその代わりに、俺たちの仕事も手伝ってもらうけどな。傭兵は多ければ多いほど良いってね。力をつけて、戻ってくるのさ。この国を、取り戻すためにさ」
「……わかった、そういうことなら。それで、あいつらはどうする気だ?」
ザードさんが指したのは、リクリエイト軍の残党。クロムの部下だった人たちだ。その人たちは一様に涙を拭っていた。
先頭の男が前に出る。
「……私たちに、帰る場所はありません。今回の作戦は、あなた方と共に私たちを殲滅する作戦だったのでしょう。なればこそ、私たちが戻っても殺されるだけ……」
「俺たちはリクリエイトの中でも溢れ者……クロムさんが俺たちを救ってくれたんだ」
「僕たちは、クロムさんの仇を……その原因となったリクリエイトを、討ちたい」
「だとよ?」
ザードさんはレヴリオさんに向き直る。リクリエイト残存兵三人の視線がレヴリオさんに集中する。レヴリオさんは小さくため息を吐いた。
その顔に笑みを浮かべる。
「ま、うちは傭兵団だ。もとの所属がどこであろうと、関係ないさ」
「で、では……」
「ああ。あんたらも受け入れる。これからよろしくな」
「はい!」
がっちりと硬い握手を交わす両者。そこにザードさんもやってくる。
「あんた、名前は?」
先頭のリクリエイト兵に話しかけた。
「私は、マルク・リーベンスです」
「俺はザード・タリスマンだ。これからよろしく頼むぜ、マルク」
「――はい、ザード殿」
部隊の垣根を越えた握手……か。人々は分かり合うことが出来る。その一例だと俺は思った。いいね、こういう場面は心が温まる。
「
「俺も行きます」
俺はレヴリオさんの正面に立ち、その目を見つめる。
レヴリオさんの言葉を待たずに、俺は続ける。
「俺は、世界を知りたい。俺は真実を知るために、グランデルフィンに乗りました。世界を、見て回りたいんです。自分の目で。そして、自分なりの答えを出したいんです」
「オーケーだ。こっちに拒む理由はねぇ」
案外あっさりと受け入れてくれた。そんなんで大丈夫かな……ちょっと心配になってきたよ。
「んじゃま、目指すとするか、新天地を!」
「レヴリオさん、目的地は決まっているんですか?」
「おうとも。ここから東……かつて太平洋と呼ばれた海の向こうさ」
海……そう言えば、捉えられていた世界では一度も見ることは出来なかったっけ。いつか行こうと、約束した覚えがある。今となっては意味が無いけどさ。
「かつて、アメリアと呼ばれる国があったところさ。今じゃあ自然豊かな森に囲まれてるって話だぜ」
「リクリエイトの中でも一番野蛮と言われている、第五部隊が駐留してるところだ」
「野蛮……お近づきにはなりたくないですね」
「まったくだ」
第一部隊が溢れ者で、第五部隊が野蛮……まともな部隊と当たったのは、一回きりじゃないか?
「で、そこに住んでる人たちの依頼でな。そいつらに遺跡を荒らされたくないから、助けてくれって」
「なるほど……傭兵業と遺跡調査。一石二鳥ってわけですね」
「そゆこと。報酬は遺跡調査と食糧及び水。まさに至れり尽くせりだ」
随分と話が良すぎる……とは思ってしまうけど、困ってる人がいるなら、助けてあげないと。それに、一番野蛮な部隊なら、そこまで頭を使った作戦なんて立てようもないだろう。楽観視はいけないけど。
「それじゃ案内するぜ。俺たちの
風を巻き上げ大地に降りる巨大な
新しい地。俺は少なからず、ワクワクしていた。ドキドキしていた。
見たことのないものを見れる、知らないことを知れる……これほど素敵なことは中々ないから。
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