第十一話後編「相対する神と獣」

「どうなってんだ、これ……」


 翡翠色の粒子が視界を覆ったかと思ったら、機体の出力が上昇した。……グランデルフィンが、強化されたのか?

 俺の脳内に直接送られてくるデータ。グランデルフィンに追加された各武装情報や出力限界など、様々な情報が送られてくる。正直言って頭がパンクしそうだ! でも、これくらいならなんとかなる! 俺は頭の中で情報を仕分けしていく。


「アクト、Ⅱ……?」


 新しいグランデルフィンの名前だろうか? 確かにいろいろ追加されて変わってるし。なんていうか……全体的にゴツくなったみたいだ。


「アクトⅡは通称よ。正式な名前は、グランデルフィン専用強化外装、『H.H.H.エイチスリー』ね」


 強化外装『H.H.H.エイチスリー』……なるほど、今のグランデルフィンにとっておあつらえ向きの名前だな。

 情報の羅列の中から今使える情報だけを抜き出していく。

 ……ああ、やってやるよ。お前は、俺の想いに応えて、強くなってくれたんだろ? なら今度は、俺が頑張る番だ! あの野郎をぶっ飛ばす!


「なぁに、姿形が変わったところでッ! 僕の天狼の敵じゃない!」


 再び開く悪魔の口。俺は先ほどの光景を思い出していた。まさかまたハウリングブレイカーを撃つ気か!?

 砲身へと貯まっていくエネルギー。悪夢が、再来する。


「露と消えろ! ハウリングブレイカーッ!」


 膨大なエネルギーの塊。クロムを殺した光が、眼前に迫る!

 さっきまでのグランデルフィンだったら、駄目だったかもしれない。でも、今ならやれる!


「見せてやれグランデルフィン! お前の力を!」


 眼前のパネルを操作し、武装の現位置を確認する。強化外装の追加によって、若干の位置の変動があるみたいだ。

 俺は手早く両腕をグランバスターに換装し、正面へ向ける。左翼上部が開き、中からフィーネブラスターが出現する。


「いっけぇぇぇッ! アポカリプススマッシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアーーーーーーッッッ!」


 グランバスターとフィーネブラスター、さらにグランスティンガーを強化したグランスピアーの計七門から放たれるエネルギーが、一つに混じりあっていく。あらゆる色を梱包した漆黒の一撃となって、ハウリングブレイカーと真正面からぶつかった!

 押し負けないよう、脚部から地面に発射されるアンカー。身体がガッチリと地面に固定される。

 押し負けて……たまるかぁぁぁぁぁッ!


「うおおおおおおおおッ!」


 グランデルフィンが放った一撃がハウリングブレイカーを打ち破る! しかし、その軌道を逸らされ天狼に当たることは無かった。天狼の背後で巻き起こる爆発。


「ハウリングブレイカーが、破られた……? この機神ガラクタ風情にィ……ッ!」

「さあ、第二ラウンドといこうぜ!」


 俺はすかさずグランスピアーを撃ち込む! グランスティンガーと違い連射性はないものの、威力は上昇している。鋭い連撃が天狼のフレームに突き刺さった!

 しかしそのフレームを僅かに削っただけで、決め手となる一撃にはならない。流石にフレームも硬いか!


「チッ、余計な装甲は邪魔だね」


 ノワールの言葉と共に、残っていた天狼の全身の装甲が外されていく。フレームだけになったその姿はひどく不格好で、ある種の不気味さを感じた。

 歪。まさにぴったりな言葉だと思った。


「さあ、いくよッ!」


 瞬間、ブレた。

 気づいたときにはもう、天狼は直ぐ側まで迫っていた。な、なんだよあの速さ! 罪希のリベリオに匹敵するほどの速さだ!

 アクトⅡは元の状態と比べ、重装甲になっている。バーニアやスラスターが増設されているため元のグランデルフィンよりは素早くなっているものの、天狼の速さには追いつけない。

 天狼の鋭い爪が、グランデルフィンの装甲を削る。反射的にグランスピアーを放つも、軽々しく避けられてしまう。装甲を解除パージしただけでここまで速度が変わるのか!?

 天狼が地面を踏みしめる度に、街が壊れていく。大地が割れていく。戦いの余波は周囲の自然さえも蝕み、その生命を枯らしていった。


「街が……ッ」


 ここでこのまま戦えば地下の遺跡にまで影響が出るかもしれない。地面が割れて地下遺跡が崩れたら、みんなが危険だ。そこまで脆いとは、思いたくないけど……!


「おやおや、どうしたんだい? 僕の動きについて来れないようだねェ!」


 ノワールの嘲笑。悔しいが、言い返せない。

 次第に追い詰められていくグランデルフィン。装甲を解除した天狼は予想以上の強さだった。攻撃の威力も然ることながら、なによりもその速さが厄介だった。こっちが向こうを攻撃する時には、もうその場所にいない。アクトⅡになっていなければ、既に負けていてもおかしくないほどの速さと威力だ。


「流石は機神かみ殺しを名乗るだけはあるわね」

「呑気なこと言ってる場合じゃ……」

「あら、私の忠告を無視して突っ込んでいったのは誰だったかしら」

「う」


 それについては弁明のしようもない。


「ほら、無駄口叩いてないで、方法を探しなさい」

「理不尽だ……」


 でも、このスピードをどうにかしないと、俺の攻撃は通らない。さて、どうしたものか……。


「アヒャヒャ! 為す術がないって感じだね! じゃあそろそろ終わりにしようかッ!」


 刹那、グランデルフィンの頬を爪撃が掠める。俺は反応することができなかった。

 ――今、なにが起きた?

 先ほどまで天狼は少し遠くにいた。爪を振り上げ、攻撃のモーションを取っていたところまでは覚えている。だがその刹那、瞬きをした瞬間にはもう、その爪は目の前まで迫っていた。


「恐らく足のどこかにスラスターがついてるわね。それを使って、あの爆発的な瞬発力を生み出してるのよ」


 それは厄介だ。おそらくそれがあの速さにも繋がっているんだろう。あの巨体をあんなに速く動かすことの出来るスラスター……一体、どれだけの出力なんだろう。


「まだ操作に慣れないか……まあいい。次当てれば良いだけさッ!」


 再び振り上げられる凶爪。俺はその一撃を避けようとするも、加速度的に迫るその爪を躱すことは出来ない。

 眼前に迫るその爪は、確実に俺の生命を刈りとろうとしている。おそらくあの一撃は、容易にコックピットを引き裂くことが出来るだろう。

 ――ごめん、クロム。

 爪がグランデルフィンのコックピットを引き裂く、その瞬間。








 俺の視界を白がよぎった。








「え……?」


 眼前まで迫っていた爪は跡形もなく粉砕されていた。い、一体何が起こったんだ?


「――間に合ったようね、レンスケ!」


 割り込まれる通信。発信源は、所属不明機。この声、まさか!

 俺は上空を仰ぎ見る。

 その蒼海の空に浮かぶその機体、全身が白と灰に包まれた機体は……間違いなく、『NONAME』だった。なんであの機体に罪希が……まさか、あいつは罪希を適性者アプティテュードとして選んだってことか!?


或羽罪希あるばつみき、現時点をもって戦線に復帰する!」


 すると、全身の装甲の色が変化し、輝かしい白銀に包まれる! い、色が変わった!? なにがどうなってるんだ!?


「あれはABSOLUTEシステムよ。訳すなら、『制限のほとんどない、攻撃を完全に妨害する蓄積エネルギー障壁システム』……かしらね」


 なんだかよくわからないけど、防御膜みたいなものを張ったっていう認識で良いのかな。

 さらに『NONAME』の背中から伸びていた一本の翼が二本に分かれ、Xの文字を描く! 翼まで変形したぞ!


「これが私の機神! 敵砕く白銀の刃! その名も――リベリエルだ!」


 そのままグランデルフィンの隣へと降下してくる『NONAME』……いや、リベリエル。

 先ほどと同じように、二体の機神が天狼の前に並び立った。


「ザードさん、みんなを撤退させてください。これ以上は、危険だ」

「ふざけんな、と言いてぇところだが、この現状を見せられちゃ仕方ねぇ。……死ぬんじゃねぇぞ、レンスケ! 罪希!」

「はい!」

「わかってる!」


 此処から先は、機神かみ天狼けものの戦い。

 さっきまでの不安はない。何故なら、隣に立ってくれる人がいるから。俺はリベリエルを一瞥し、天狼に向き直った。


「さあ、決戦と行こうぜ、ノワール!」

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