第十一話前編「天使の目醒める日」

 side:罪希



 外で爆発が起こる度に、遺跡が揺れる。避難しているみんなはその度に体を寄せ合い、戦場に出ている者の無事を祈った。

 今の私に戦う力はない。その事実に下唇を噛みしめる。

 爆発音。振動。天井の電灯が点滅し、それらがみんなの不安を煽る。


「……うわぁーん!」


 ついには子供が泣き出してしまった。その母親は、慌てた様子で宥めている。しかし子供は泣きやまない。子供の鳴き声が、さらにみんなの不安を強めていくようだった。


「どうしたの?」


 私が問いかけると、子供は泣きじゃくりながらも答えてくれた。


「お父さん、ここにいないんだ。ねぇ、お父さん、いつ帰ってくるの?」

「それは……」


 すぐに答えることができなかった。私は外の様子を知らない。この子のお父さんが今生きている保証はどこにもないし、死んでいる保証もない。無責任なことは言えなかった。

 だからこそ、私はこう言った。言わざるをえないと思ってしまった。


「……私が、君のお父さんを助けてくる」

「ほんと?」

「うん、約束」


 未だ小さな子供の手を握る。ほんのり温かく、柔らかい手のひらだ。

 この子の想いに、応えなきゃいけない。私はすぐさま立ち上がり、地上へと繋がるエレベーターを目指す。


「――待ちなさい罪希」


 そんな私を呼び止める声。振り向くと、そこには寮母さんがいた。私たちの面倒をいつも見てくれた寮母さんが、私の目を見つめる。その目は、私に行くなと言っている気がした。

 鋭い視線に思わずたじろいでしまう。それでも、私は真っ直ぐにその目を見つめ返す。


「ごめん寮母さん。私行かないと」

「どうしても、行くというのかい?」

「はい」

「今のあなたに、戦う力がなくてもかい?」

「……はい」


 もうなにもしないでいるなんて、嫌だから。

 なにもしないで後悔するのは、もうたくさんだから。

 私の想いを乗せて、寮母さんを見つめる。

 その想いが伝わったのか。深い溜め息を吐く寮母さん。


「……行ってきなさい。あなたが信じた道を、行きなさい。その代わり、中途半端は許しませんよ?」

「――はいッ!」


 私は駆け出す。あの子に想いを託された。寮母さんが背中を押してくれた。怖いものは、ないッ!

 エレベーターに乗り込み、地上を目指す。この時間が永遠にも長く感じられた。

 地上に出た私が見たものは、巨大な狼が口を開き、グランデルフィンに向かってなにかを放とうとしているところだった。遠くからでもわかる。あの一撃をまともに喰らえば助からないと。

 放たれた一撃。それを食い止めたのはクロムのディスペインだった。

 何故クロムとレンスケが共闘しているのかはわからない。だけど、そうせざるをえない理由があるんだろう。

 やがて爆発が巻き起こった。その衝撃は離れている私のもとまでやって来る。吹きすさぶ風に思わず顔を背けてしまう。

 風が止み、煙が晴れた。


「ッ!」


 そこにクロムのディスペインの姿はない。私はそれに衝撃を受けた。あのクロムが、殺られた……?

 相手は、あのクロム・デュークですら歯が立たない化物だ。このままじゃ、レンスケが危ない!

 私は思わず走り出していた。エレベーターに乗り込み、地下を目指す。

 どこをどう走ったかは覚えていない。ただ無我夢中に走った。無理をさせた肺が必死に空気を求める。


「ここ、って……まさ、か」


 息も絶え絶えに辿り着いたのは、『NONAME』の前。名無しの機神が、孤独に佇んでいた。


「……ッ! 嘘!?」


 見れば、機神のコックピットが開いている! 今まで一度も開かなかったあのコックピットが!?

 誰がなにをしたのかわからない。でも、私に考えている余裕はなかった。すぐにコックピットへ乗り込む。

 しかし、起動しない。


「なんで……」


 リベリオが使えない以上、現在使える機体はこれだけ。

 遺跡の外から聞こえる爆発音。遺跡全体が揺れるほどの衝撃。戦闘は未だ続いている。私は再びした唇を噛みしめた。みんなが戦っているのに、私だけが戦っていない! レンスケだって、リーダーだって、レヴリオだって戦ってる! あのデカブツを倒すために、みんな一生懸命、生命を賭して戦ってるんだ!


「頼むから、動いて!」


 しかし、機神は反応しない。

 白灰びゃっかいの機神は、相変わらず無表情を保っている。


「どうして……」


 私では、適性者アプティテュードとしてなにかが足りないということなの? 機神を扱うに値しないと……そういうことなの!?

 私は思わず眼前のパネルを殴りつける。みんなの生命が、消えていく……! レンスケだって、負けるかもしれない! あのクロム・デュークですら、倒されたんだ! あの獣は、敵味方問わずこの場にいる者を殺していく。そんなのはダメだ! 私は、笑顔を守りたい……行く宛のなかった私を育ててくれた、リーダーや寮母さんたちを助けたい! 救いたい! あの子の父親を救いたいッ! 過ぎた望みだってこともわかってる! それでも、私は……ッ!


「だから動いてよッ! 私はどうなっても良いッ……だから、だから……私に力を貸してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええッ!」


 ドクン、となにかが脈打った気がした。私の鼓動じゃない、なにか、別の鼓動。

 そして、声が聞こえる。機械音に混じって、小さい声が。私は耳を澄ましてその声を聴く。


『動力正常起動、各武装接続確認、適性者情報の再構築、各部動作問題無し、総合確認完了、システムオールグリーン。BG-003ビージーマルマルサンcode:Яコードアール、起動します――』

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