第十話「生命の輝き」

 想像しえなかったクロムとの共闘。天狼という、共通の敵を倒すため。そして、お互いが戦うために。

 俺たちは今、ここに並び立つ!

 俺はザードさんに通信を送る。程なくしてウィンドウにザードさんの顔が表示された。


「ザードさん、全体の指揮は任せました!」

「全体のって……しゃあねぇ! 任せろ!」


 こういう無茶振りにも対応してくれる。やっぱりザードさんは優しい人だ。


「クロムも文句はないな?」

「俺たちがあの犬っころに集中するためだ。受け入れよう」


 目の前に立ちはだかるはブレイヴグラスパーを遥かに超える巨大な狼。

 だが俺の隣には、最強の敵がいる。あんなやつに負ける気はしない!


「よし、行くぜ!」

「言われなくともッ!」


 翼を展開し、出力を上げる。限界を告げるアラートが鳴るが、俺はそのまま出力を上げ続けた。最初から全力全開だ、グランデルフィン!

 凄まじい速度で天狼へ近づいていく。隣にはディスペインの姿。ちゃんとあいつもついてきてるな!


「グランキャリバーッ!」


 天狼の額に一閃。僅かに削れる装甲。やはり硬いか!


「はぁッ!」


 ディスペインの黒鎌ガングニール・アイ・グロスが天狼の前足を襲う! 深く抉られた裂傷が、バチバチと火花を散らす! さすがと言わざるをえない威力だ。

 あれだけデカイっていっても所詮は機械! 機神の敵じゃない!


『おらッ、いくぜ!』


 背後から閃光。クロムの作り出した裂傷にビームが吸い込まれていく。レヴリオさんの援護射撃だ!


「お前ら、ケツの穴引き締めてかかれよッ!」

『応!!!』


 ザードさんたちも戦線に参加する。ビームが、ミサイルが、ナイフが、天狼を攻め立てていく! これならいける、このデカブツを倒せる!

 天狼の攻撃を避けつつ攻撃していく俺たち。鼓膜が破れそうなほどの爆発音が何度も戦場に響いていく。しかし、ありったけの火力を撃ち込んでも、天狼が倒れる気配が見えない。

 クロムが何かに気づいたような声を上げる。


「ッ! あいつまさか、再生しているのか!?」

「再生って……まさか、ナノマシンか!?」


 俺たちが攻撃している間も、天狼の装甲はみるみるうちに修復されていく! あんなのアリかよ!?


「だが、ナノマシンの再生は有限だ。無限じゃない。それが尽きるまで攻撃できれば――」

「甘い! 君はなにもかも甘いよ、クロム・デューク!」


 ノワールは嘲笑ともとれる笑い声を上げる。それと同時に天狼の背から数え切れないほどの触手が生え出す。にゅるにゅると動くそれは、周囲を飛び回るリクリエイト兵の機体や、地上で接近戦を行っていたリベリオに絡みついていく。ある機体は締め付けられ、ある機体はコックピットを貫かれ、それぞれ爆発四散していった。

 クロムの怒号が響き渡る。


「貴様……ッ、よくも俺の部下を!」

「君の部下である以前に僕の駒さ! それをどう処理しようが僕の勝手だろ?」


 ……ッ! こいつは……!


「あんたは、人の命をなんだと思ってるんだ!?」

「人……? おいおいよしてくれよ。そこにいるのは人間じゃない! 僕のペットの餌だよ!」

「狂ってやがる……ッ!」


 俺とクロムは確実に一本ずつその触手を処理していく。だが、触手の数は減るどころか増える一方だった。


「クソッ、キリがない!」

「いくら倒しても、すぐに蘇ってくるわけかよ……!」

「アヒャヒャヒャ! 頑張るねぇ君たちィ……そうだ、頑張る君たちにご褒美をあげよう。君たちがいくらこの天狼に傷をつけても全て無駄なんだ。何故かって? 教えてあげよう。この天狼の中にはね、生きたまま栄養源になってる人間がいるんだ。そいつらがいる限り、僕の天狼が倒れることはない!」


 さも嬉しそうに語るノワール。俺は下唇を噛み締めた。


「そんな……じゃあ、その人たちは」

「とっくの昔に自我なんてないよ。今ではただの人間電池さ」

「この野郎……ッ!」


 こいつは、生かしておけない。ここで倒さなきゃ駄目だ。こいつは……危険すぎる!

 俺はグランキャリバーを片手に、天狼へと突っ込んでいく。出力はとっくに全開だ。


「待って蓮介! これはあいつの罠よ!」

「だとしてもあいつは放っておけない!」

「このまま向かっても意味が無いわ! なにかあるに違いない!」


 フィーネの忠告を無視し、俺はそのままの勢いで天狼に真正面から近づいていく。俺の頭は怒りでいっぱいになっていた。こいつは、こいつだけはッ!

 不意に天狼から、クククっとなにかを抑え込んだ笑い声が聞こえる。


「アヒャヒャヒャ! まさか真正面から突っ込んでくるとはね……! そこは、天狼の射程内だよッ!」


 天狼のその大きな口がガバッと開く。そこには、巨大な砲身が存在していた。そこへエネルギーが収束していく。人の嘆きがこもった、負のエネルギー。ありえないほどの熱量を感じる。コックピット内にいるはずなのに、肌がチリチリと焼け付くような痛みを覚えた。俺の脳が警鐘を鳴らしている。あんなもの食らったらひとたまりもないと。

 俺がまずいと思ったときにはもう、手遅れだった。


機神かみを殺せ! ハウリングブレイカーッ!」


 放たれる黒白の一撃。混沌としたコントラストのエネルギーが、渦を巻いて俺に向かってくる。その場で止まってしまった俺に、回避することは不可能だった。

 俺は、こんなところで……何も知らないまま死ぬのか? フィーネの忠告を聞かず、自分勝手に突っ込んで行った結果がこれか? 愚かだ、実に愚かだ緋崎蓮介! 俺は自分だけでなく、フィーネの命までも、奪おうとしている。グランデルフィンを失おうとしている。まだやるべきことがたくさんあるって言うのに! 俺は、こんなところで……!

 これから俺の身体を包むだろう衝撃。俺を貫くであろう破滅の光に目を閉じる。


「――全く。世話の焼ける男だ」


 ハウリングブレイカーは俺の身体を、グランデルフィンを穿つことはなかった。

 目を開けると、俺の前には、両腕を突き出してハウリングブレイカーを受け止めるディスペインの姿があった。その装甲が軋み、ひしゃげていく。


「どう、して……」

「お前には、先ほど部下を助けてもらった借りがある。……まあ、今度は大きい貸しになりそうだがな」


 ディスペインの頭部が弾け飛ぶ。見れば、足の装甲も溶け始めていた。

 ……なんでだよ。俺とお前は敵同士のはずだ。見捨ててもいいはずなのに、なんで……! 自分を犠牲にしてまで、どうして……!


「だが、俺だけ死ぬのは勘弁ならないな……貴様の命、土産に少し頂いていくぞ、天狼ッ!」


 ディスペインの胸部が開き、中から水晶のようなものが取り付けられた砲身が姿を現す。両腕と胸部の砲身に集まるエネルギー。エネルギーが溜まるたびに、砲身の水晶が極彩色に輝いているように見えた。


「ただで機神かみを殺せると思うな天狼いぬ風情がッ! 喰らえ、アロンダイトパニッシャァァァァァァァァァァァァァァ――――――――ッッッ!!!!!」


 三門から放たれた極彩色の砲撃が、ハウリングブレイカーを正面から押し退けていく。既にボロボロになっている機体のどこにそんなエネルギーが眠っているというのだろう。その光景を、俺はただ見ていることしか出来ない。


「うおおおおおおおおッ!」


 ディスペインから放たれる極彩色の光。それは、生命の輝き。己が生命をエネルギーとして吐き出しているように見えた。まさに、決死の攻撃。

 俺はその光に魅せられていた。決して衰えることなく、常に輝き続ける極彩色。今目の前で起きていることがスローモーションになる。暖かな光が、俺を正気に戻す。


「クロムッ、お前……!」

「……俺も、随分とお人好しになったもんだ――」


 巻き起こる爆発。ディスペインと天狼を巻き込んだ爆発は、その大地に大きな爪痕を残していく。爆風が、周囲の機体を巻き込んでいった。巻き込まれた機体は吹き飛ばされて、遠くに飛んで行く。俺は爆発の中に、先ほどの極彩色を見た気がした。

 やがて煙が晴れる。


 ――俺の目の前には、もうディスペインの姿はなかった。


「あ、ああ……」


 かすれたような声が漏れる。フィーネは、なにも言わない。

 上空からグランデルフィンの目の前になにかが落ちてくる。それは、ディスペインの左手だった。無残に引きちぎられた手が、俺に僅かな希望すら抱かせない。

 ――クロムは死んだのだと。


「アヒャヒャヒャヒャ! クロム・デュークは無駄死にだったようだね!」


 視界の向こうには、未だ健在の天狼。だがクロムの一撃で装甲が削れフレームが丸見えになっている。背中の触手も、その殆どが消滅していた。

 ……クロムが、繋いでくれたんだ。俺の生命を、みんなの生命を。


「……じゃない」

「なんだい? 聞こえないよ?」

「クロムはッ、無駄死になんかじゃないッ!」


 敵さえ助けるような優しいあいつを、侮辱されてたまるか!





「クロムは、ちゃんと道を作ってくれた」





 血が滲むほど拳を握りしめる。少しでも、痛みを分かち合えるように。





「その生命で、示してくれたッ!」





 溢れる涙を拭い、眼前の的に照準を定める。





「だから、俺は――ッ!」





















「この反応……嘘、でしょ……」


 フィーネは驚愕の声を上げる。無理もない。グランデルフィンが叩き出す数値は今までのものとは比べ物にならないくらいに高いのだから。

 目の前で闘志を滾らせる蓮介の想い。その想いに、グランデルフィンが応えようとしている。フィーネの操作するパネルに表示される文字。


「――『グランデルフィン・アクトⅡ』……まさか、扉を自分の手で開けたって言うの……!?」


 グランデルフィンの周囲を包む翡翠色の粒子。それに呼応するかのようにグランデルフィンの装甲が変形していく。

 前腕部の装甲がずれ、2つの砲身が現れる。そこへ集結する翡翠色の粒子。装甲が追加され、二門の砲身も太く大きくなっていく。

 脚部にはミサイルポッドが増設され、装甲が追加される。脛裏にはバーニアが追加されている。

 翼部には推進装置が追加され、そのフォルムが鋭角化する。

 顔のフェイスカバーが開き、本来の顔が出現する。人の顔のような目と鼻と口。

 翡翠色の粒子が風で巻き上げられ、グランデルフィンの姿が顕になった。

 機神たる堂々とした佇まい。その姿はまさに、機神かみと呼ぶにふさわしい。


「緋崎蓮介……あなたは一体、何者なの……?」


 決して人が開けられないはずの扉を、蓮介は開いた。

 改めて目の前の少年の異常さを感じるフィーネ。その心には、わずかばかりの畏怖の念が浮かんでいた。

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