第八話「地下に眠りし機神」

 激戦を終えた俺たちは疲れ果てた身体に鞭打ち、なんとか街に帰還することができた。罪希の安全も街に着く前に判明し、ホッと一安心。作戦自体は失敗したものの、クロムを撤退させることに成功した。結果としてはまずまずのものだと思う。まあ、俺たちが決定打になったわけじゃないんだけどね。

 罪希のリベリオを整備班に預け、俺はグランデルフィンから降りる。

 俺は空気を目一杯肺に吸い込む。久しぶりってわけじゃないのに、なぜか懐かしく感じた。戦いを越えたあとの空気は格段に美味しい。生きてるって実感できる。

 しばらく整備の様子を見ていたが、ふと、見慣れない機体があることに気づく。

 装甲は緑色……所謂コバルトグリーンに塗られ、その肩には二つ折りになっている大きな狙撃銃が装備されている。

 顔の形状も独特で、頭頂部には円盤状のパーツがつけられていた。カメラアイは二つだが、その中心にもカメラが見える。おそらく予備のものだろう。さらに顔の側面にはアンテナが二本立っているようだ。一目で狙撃用の機体だということがわかった。


「よお、そんなに俺の機体が珍しいかい?」


 話しかけてきたのは、金髪の男性。その髪は腰に届きそうなくらい長い。っていうかすごいイケメン。軽率に惚れてしまいそうだ。いや、俺男だから惚れないけどね?


「初めて見る機体ですからね」

「んじゃ、改めまして自己紹介だな。ブレイヴグラスパー、コバルトグリーンのパイロット。レヴリオ・セバルスだ。よろしく頼むぜ」

「俺はグランデルフィンのパイロット、緋崎蓮介です。よろしくお願いします」


 差し出される手のひら。俺はそれに応え、握手する。思った以上にがっしりした感触で、思わず驚いてしまう。


「さっきは助かりました」

「いいってことよ。俺も仕事で来てるしな」

「確か、傭兵でしたっけ?」

「傭兵はついでだ。傭兵団アルジェンターは表の顔。裏の顔は、世界中に散らばっている遺跡を調査する……ま、言わば調査団だ」

「ってことは、この街にも遺跡が?」

「ああ。ザードさん直々のご依頼だ。こっち来るまでに、随分時間がかかっちまったけどな」


 そう言うとレヴリオさんは苦笑した。でも、本当にこの街に遺跡なんてあるのだろうか。見たところ、それっぽい建物はなさそうだけど……。

 そんな俺を見て再び苦笑するレヴリオさん。


「ま、目には見えないよな」

「目には見えない……もしかして、地下ですか!?」

「ザッツライト! その通りだ」


 地下に存在する遺跡……聞いただけでわくわくする内容だ! 遺跡探索って男のロマンの一つだと思うね。


「それだけじゃない。地下の遺跡には、機神が眠っているんだ」

「機神!?」


 何だって!? そんなすごいものがこの街に……どうしてザードさんは今まで使わなかったんだろう。そこまで考えたところで、俺は思い出した。

 機神は選ばれた者にしか扱えない。ザードさんが使わなかった理由、それはこの街に適性者がいないから。でも、罪希ほどの実力者なら選らばれてもおかしくないはずだけど……。


「機神がどんな判断で自分を扱う者を選定しているのかはわからない。それこそ、単純な実力じゃ選ばれないことを、君は知ってるはずだろ?」


 俺の周りにはエスパーしかいないのか? そろそろ俺の表情筋を疑いたくなってくるよ。顔に出てるって言っても限度があると思うな!

 俺はレヴリオさんの言葉を首を縦に振って肯定した。


「そうそう。このあと、その機神が眠る遺跡へと行くんだが――」

「行きます!!!」

「そ、そうか。じゃあついてきてくれ。後ろのお嬢さんもご一緒に」

「面倒事は勘弁して欲しいわね」


 何はともあれ。俺とフィーネはレヴリオさんの遺跡調査についていくことになった。

















「レヴリオさん、一ついいですか?」

「なんだ?」

「ここ、本当に遺跡ですか?」

「どこからどう見たって遺跡だな」


 俺の視界に映るのは、延々と続く電灯に照らされた道。まるで、学校の廊下のような道だ。俺の遺跡のイメージとは違う。遺跡って言ったらもっとこう……石畳が積まれてたり松明の明かりだけを頼りに進んだりするものじゃないの? 罠とか掻い潜ったり。


「蓮介が思っていた遺跡とは違ったようね」

「ああ、少し萎えてる」

「あなたにとっては、そこまで珍しい光景じゃないものね、この景色は」


 俺がリクリエイトの施設で囚われていたのは、今から百年以上も前の世界を模したと言われる空間。この景色に既視感を感じてしまう。


「まあそう気を落とすな。そろそろ着くぜ」


 道の行き止まりには一つの扉があった。レヴリオさんはその扉を躊躇なく開ける。これが某TRPGだった場合、何かしら起きても不思議じゃないな。怪しい扉はまず聞き耳と目星って誰かに教わったよ。

 開かれた扉から中へと入る。想像以上に高い天井が視界に映った。グランデルフィンが縦に二体並んでも入りそうだ。これだけ高ければ、機神があってもおかしくはない。


「あれが、ここに眠る機神だ」


 白と灰に彩られた装甲。目を引くのは背中から伸びる直線の翼。鳥が飛んでいるところを目の前から見たらこんな形になるだろうと思わせる。

顔には口や鼻のようなものはなく、二つのカメラアイが悲しげに虚空を見つめる。

そしてその流線形の胴体には、見覚えがある。

 全体的なシルエットが、どこかリベリオに似ている気がした。


「ザードさんはこの機神をモチーフに、リベリオを開発したそうだ」

「あの人ただの筋肉マッスルじゃなかったんですね……」

「人は見かけによらねぇってことだな」


 まったくその通りですね。しみじみと思いました。


「この機神は『NONAME』……名無しなんだ」

「名前がわからないってことですか?」

「そうだ。そしてこいつが見つかってから一度も、そのコックピットが開いたことはない」

「それじゃなにもわからないですよね?」

「ああ。だからこうやって俺が派遣されたわけなんだが……」


 改めて白灰びゃっかいの機体を仰ぎ見る。俺たちが近づいてもなお、そのコックピットが開くことはなかった。


「適性者を連れてくれば何か起こるかとも思ったんだけどな」

「それで俺を連れてきたわけですか」

「無駄足に終わっちまったみたいだ。すまねぇ」

「謝らないでください。でも、コックピットが開かないんじゃあ……」

「調査もしようがねぇなぁ……俺はこのままこの遺跡を回ってみるけど、レンスケはどうする?」

「流石に疲れているので帰ります」

「そうか。じゃあ途中まで送っていくよ」

「ありがとうございます」


 動かぬ機神を尻目に、俺たちは部屋から出ていく。たった一機で佇むその姿を見ていると、なぜだか無性に悲しい気持ちになった。


「あいつは待っているのさ。真に自分を扱う器を持つ者が現れるのをね」


 去り際にフィーネはそう呟いた。その意味を問いただそうとするも、軽くあしらわれる。真に自分を扱う器を持つ者……あの機神は、それをずっと待ち続けているのか。それは、どれだけ辛いことなのだろう。俺には想像もできない。

 複雑な気持ちを抱きながら、俺はその場を立ち去った。

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