第七話「コバルトグリーンは外さない」

け、我が眷属たちリトルデーモン!」


 突き出されたディスペインの左手から、それぞれの指が独立して発射される。そしてそれらは様々な軌道を取り、あっという間に視界から消えてしまう。なるほど、さっきリベリオを攻撃したのはこれか!

 あらゆる方向から、攻撃を告げるアラートが鳴り響く。


「全方位から来るわ、避けて!」

「そんな無茶言うなよ……ッ!」


 グランデルフィンの周囲から同時に放たれるビーム。身体を捻って避けるも、反応しきれずに左翼と右足に掠ってしまう。指の先端からビームが発射されてるのか! あいつ、あんなのどうやって使ってんだよ!?


「ほう、流石機神だ。これくらいのことでは沈まないかッ! 面白い!」


 再び襲い来るディスペインの眷属リトルデーモン。必死に避けようとするも、全方位から放たれるビームの嵐を避けきることが出来ない。装甲が少し削られる。あんな武器チートじゃないのか!?

 眷属がディスペインの左手に戻っていったところで、ザードさんから通信が入る。正直それどころじゃないけど、応じないわけにはいかない。


「レンスケ、大丈夫か?」

「大丈夫と言えませんね……ザードさんの方は?」

「クロムがそっちに行ったおかげで敵がわんさかいるぜ」

「助けに行きたいところですが、無理そうです」

「こっちのことは心配すんな。こうなることを予測して事前に援軍は呼んである! そいつが来るまで耐えろ!」

「あなたも無茶を言ってくれるね!」


 予測してたならもうちょっとマシな作戦を考えて欲しかったな! 今言っても後の祭りだけどね!

 しかし、いつやってくるかわからない援軍を待て、か。

 でも希望は見えた。とりあえず時間を稼ぐ!


「来い、グランキャリバー!」


 右翼上部が開き、柄と鍔だけの剣が発射される。ソレを握り、エネルギーを送り込む。鍔が開き、エネルギーが剣の形に変化した。グランデルフィンにおける現時点で最強の武器はこいつだ。ならこいつで、切り込む!


「来るか、機神!」

「悪いけど、こいつにはグランデルフィンっていう素敵な名前があるんでねッ!」


 ブースターの出力を上げる。おそらく直線に進めば眷族が飛んでくるだろう。だけど、それでいい。狙いを俺に絞らせることが出来る!


け、我が眷属たちリトルデーモン!」


 三度みたび発射される眷属。一度発射されるとその大きさが小さすぎて狙うことが出来ない。その癖して威力は高いという非常に強力な兵装だ! でもな、狙いを絞らせれば……!


「私を忘れるなッ!」


 放たれるビームをリベリオのブレードが切り裂く。おかげで本数が減り、なんとか避けることが出来た。罪希ならなんとかしてくれるって思ったけど、まさか真っ二つに切るとは思わなかった!

 でもこれで。


「――届くッ!」


 障害物はなにもない。グランデルフィンとディスペインとの一騎打ち。やつの手に武器はない。これならいける! あいつを倒せる!


「うぉぉぉぉぉおおおおおおッ!」


 気迫をこめた一撃。

 グランキャリバーの切っ先が、ディスペインのメインカメラに刺さ――


「甘いッ!」


 ――らなかった。金属と金属が擦れあう音と共に弾かれるグランキャリバー。その衝撃で後方に吹き飛ばされてしまう。なにが起きた!?

 ディスペインの手にはいつの間にか漆黒の鎌が握られていた。まさか、あの一瞬で武器を取り出したっていうのか? なんて反射速度だ……!

 理由はどうであれ、俺の剣が届かなかった。折角のチャンスを、無駄にしてしまった。俺はディスペインを睨みながら歯噛みする。


我が眷属たちリトルデーモンの攻撃を防いだのは見事だ。だが俺には二の太刀がある。それがこの、ガングニール・アイ・グロスだ」


 黒く輝く刃。その刃には見覚えがあった。

 そう、三日月型の翼から生えていた黒刃だ。見れば翼からは刃が一つなくなっている。一体どうやって取り出したのか、俺には検討もつかない。

 今わかってることは、これじゃ近接戦闘には持ち込めないということ。鎌で受け止められて、眷属で攻撃されるのがオチだろう。近接武器がなにもないとは思わなかったけど、よりによってリーチの長い鎌か!

 俺はすぐさま武装を換装する。


「なら遠距離砲撃だ! グランバスター、フィーネブラスター!」


 グランキャリバーを収納し、両手をグランバスターに換装する。しかしフィーネブラスターは起動しない。どうなってるんだ? もしかして故障?


「やられたわね。眷属の攻撃が掠った際、使用不可能になったみたいよ」

「なに……どうにかならないか?」

「少なくとも、この戦闘中には直らないわ」

「マジかよ」


 こりゃ、万事休すってやつかな……。どう頑張っても、あいつに勝てるビジョンが浮かばない。唯一の策も使えなくなった。援軍が来るまで持ちこたえられそうにないぜ?


「どうした、来ないのか? ならばこちらから行くぞッ!」


 もう何度見たかわからない眷属の発射。そしてディスペイン自身がその鎌を持って突撃してくる! 今度は直接来るってわけかよ!


「邪魔なやつは消えてもらおう!」


 眷属の矛先は片腕を失っているリベリオ。機動力の落ちているリベリオじゃ、あの攻撃を躱すのは至難の技だ! くそ、間に合え!

 助けに行こうとする俺を、鎌の一閃が遮った。


「お前の相手は俺だ」

「このぉ……ッ!」


 ぶつかり合う剣と鎌。俺はチラリ視界の端を覗く。そこではまさに今、眷属からビームが放たれようとしていた。

 ソレを持ち前の機動力で避けるリベリオ。しかし、次第にビームがリベリオを捉え始める! 残された右腕、両足を撃ち抜かれ、ボロボロになるリベリオ。


「罪希! おい罪希しっかりしろ!」


 通信を送るも、返事がない。先ほどの攻撃で通信系がやられたのだろうか? くそ、ザードさんに頼まれたっていうのになんて体たらくだ!

 ディスペインの眷属は再び左手に帰っていく。

 何故あいつはそのまま眷属で攻撃を仕掛けてこなかった? もしかしてあの眷属には、稼働時間があるのか? なるほど、あれだけ小さいんだ。搭載できるエネルギー量はそこまで多くないってことか!


「でも、罪希を先に助けないと……!」


 眼下では、地面に向かって落ちていくリベリオの姿。早く助けないと、地面に激突してしまう! 相変わらず、通信に返事はない。

 俺は出力を上げ、罪希の救出に向かう。お願いだから、間に合ってくれ!


「背中を見せるか! それほどそいつが大事なようだな、グランデルフィン!」


 背後からアラート。あいつ、何をする気だ!?


「ならばその機体を破壊し、貴様を絶望で埋め尽くそう!」


 ディスペインの左手に集まるどす黒いエネルギーの塊。グランデルフィンが危険を告げるアラートを鳴らす。相当ヤバイ一撃だ! まさか、あれを罪希に撃つつもりか!?


「さあ、露と消えろ!」


 ディスペインを包む波動が一気に強くなる! お願いだ、間に合ってくれ!


「絶望に抱かれ、その身を散らせ! パーシヴァルゲ――」





『おおっと。その子たちをやらせるわけにはいかないんでね』




 クロムの声を遮る男性の声。刹那、彼方から伸びてきた閃光がディスペインの左肩に直撃する! だがその装甲を貫くことは出来ず、僅かにへこませる程度だった。

 僅かだが怯むディスペイン。俺はその隙にリベリオを回収する。良かった、どうにか助けられたみたいだ。


「なんだ今のは!? 一体どこから――」

『見えてるんだよ!』


 クロムの動揺と共に放たれる閃光。

 再び撃ち抜かれる左肩。先ほどと同位置への狙撃だ。装甲に亀裂が走る!


「くッ、け! 我が眷属たちリトルデーモン!」


 動揺しているせいか、バラバラに動き出す眷族。その動きが、先ほどよりも鈍くなっている。あの兵器は、使用者の状態によって精度が変わるのか?


『撃ち抜けッ!』


 連続で撃ち抜かれる眷属。数瞬の間に全ての眷属が撃ち落される! なんて正確な狙撃だ!


『これで仕舞いだ! よぉく覚えとけ……コバルトグリーンは外さねぇんだよ!』


 正確無比な狙撃。同位置への狙撃がディスペインを襲う! 撃ち抜かれる左肩

! 何度も同じ部位に当てることで機神の装甲をぶち抜いた。なんてすごい狙撃だ!

 だらんと下がるディスペインの左腕。左肩を破壊されたことにより信号が伝達できなくなったのだろう。相手の動きが鈍る。


「チッ、仕方ない……全軍に通達! 撤退せよ! ……グランデルフィン、覚えておこう。その名前を」


 捨て台詞を残して去っていくディスペイン。追撃しようにも、俺はリベリオを抱えている。今は罪希の安全が最優先だ。

 ザードさんからの通信。回線を開くと、ウィンドウにザードさんの顔が表示される。


「よぉ、無事か!」

「ええなんとか。ザードさんの方は?」

「負傷者はいるが死人はいない。ま、全員生き残ったってことだ」

「よかった……」

「こっちはこれから帰投する。お前さんも最後まで気を抜くなよ!」

「了解です」


 ようやく戦いが終わった。俺はホッと一息吐く。

 黒バックのウィンドウに白で表示されたのは、SOUNDONLYの文字。

 一体誰から……まあ、訝しんでいてもしょうがない。俺は通信を繋げた。


「よっ、お疲れさん」


 ノイズ混じりに聞こえたのは男性の声。あの凄まじい狙撃をした人だ。 


「軽く自己紹介しておく。俺は傭兵団『アルジェンタ―』に所属してるレヴリオ・セバルス。機神さえ撃ち抜く凄腕のスナイパーだ」


 自分で凄腕って言っちゃうのか。いやでも、さっきの狙撃を見せられたらその自信も頷ける。誤差なしに、三発も同じ部位に攻撃を当てるなんて凄腕以外の何者でもない。ザードさんも、こんなに強い傭兵を雇ってるなら事前に言ってほしかったな。


「一足先に街に戻ってるぜ。じゃ、またあとでな。機神の適性者アプティテュード君」


 それだけ言うと、レヴリオさんは通信を切る。心強い味方ができた! そして意味深なことも言ってたな。適性者って一体なんのことだ? 


「機神に選ばれた者、機神を操る者、それが適性者よ」


 俺の疑問にフィーネが答えてくれた。なるほど、つまり俺やクロムのことを適性者って言うのか。なんか特別な感じがしてかっこいいな。それはそれとして、また人の心を読んだな。いや、顔に出てるんだったっけか。

 俺はボロボロになったリベリオを見た。腕と足が破壊され、胴体と頭部しか残っていないその姿は、俺に現実を突きつけてくる。こうなったのはお前のせいだ。お前が弱いから罪希を守れなかったと。

 たしかに俺は弱い。グランデルフィンの性能に助けられているだけで、生身の俺は罪希よりもずっと弱いんだ。操縦技術もまったくない。

 だから俺は、強くなりたい。もっとグランデルフィンの力を引き出したい。そしてクロムに今日の借りを返す!

 胸に宿る確かな想い。俺はその想いと共に街へ帰還した。

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