第五話「作戦前夜」

 あのあとザードさんの部屋に戻った俺は、みんなの前で協力者として正式に挨拶をした。見た目は屈強な男の人たちが多かったけど、話してみると案外良い人ばかりだ。人は見かけによらないって本当だな。

 なんでも、今日は俺の協力を祝して宴を開くらしい。みんなの士気を高めるためっていうのもあるみたいだ。素直に嬉しいね。祝われるのは嫌いじゃない。

 やがて太陽が沈み、月が上空に君臨する。宴の時間がやってきた。


「明日には大事な作戦があるが、今は忘れて飲め飲め! 乾杯!」

『カンパーーーーーーイ!』


 いや忘れちゃダメでしょ!? 大事な作戦なのに!?

 ガブガブと酒を飲むみんな。いやいやそんな一気に飲んだら危ないって!


「レンスケは何を飲む?」


 罪希に差し出されたトレイには、多種多様な飲み物が乗っていた。酒とかはないだろうが、とりあえず俺が飲めそうなものを選択する。


「あ、ああ。じゃあこれにするよ」


 俺が取ったのは、オレンジ色の飲み物。おそらくオレンジジュースだろう。口につけようとしたところで罪希が口を開く。


「それはオレンジブロッサムだ」

「お酒じゃん!?」


 俺はそっとトレイの上に飲み物を戻した。お酒は二十歳になってから!

 しかし、そうなるとトレイの中から目当ての飲み物を探すのは至難の技だ。なぜなら、何が入ってるかわからないからな。さっきみたいに、オレンジジュースとカクテルを間違えることだってある。無難なところで……。


「そうだ。ウーロン茶ってない?」

「これ」


 罪希にウーロン茶と思われるものを渡される。

 確かに、色はウーロン茶そのものだが……。


「これ本物?」

「本物」


 訝しんでいても埒があかない。俺はグラスに口をつけ、一気に飲み込む。


「……ウーロン茶だ」

「それはそうだ。ここは別に異世界ってわけじゃない」

「ごもっとも。じゃあ、俺は少し見てくるよ」

「わかった」


 俺は罪希と別れ、一人で行動することにした。

 いろんなところから楽しそうに話す声や笑い声が聞こえる。きっと、こういう宴とかってそうそうないんだ。

 俺が周りを見ながらウーロン茶を飲んでいると、突然後ろから肩をかけられる。


「よぅ、あんたがレンスケだろ?」

「は、はい」

「ちょっとこっち来てくれよー」


 な、何!? 俺どこに連れてかれちゃうの!?

 という心配も杞憂に終わり、俺は反政府軍レジスタンスの人たちが飲む中心に連れていかれた。とりあえず全員と乾杯する。


「あんたが協力してくれて、ほんと嬉しいぜ」

「機神持ちが味方なら怖いものはねぇや!」


 ハハハ、と笑うみんな。

 俺は、なぜかみんなが無理してるように思えてしまった。何かを押し殺して、無理に笑っている。そんな気がしてしまった。理由は自分でもわからない。ただなんとなく、そんな気がしてしまったんだ。

 そしてその押し殺してる何かは、俺ではわからない。

 背負ってるものは、人それぞれだから。

 だからかな。思わず口が滑ってしまった。


「あなたたちは、急にやってきた俺を信用出来るんですか?」


 俺はすぐさま口を押さえる。やってしまった……という後悔の念が押し寄せる。しかし、みんなの表情は変わることなく笑顔のままだ。

 この失礼な問いに、一番近くにいた男の人――ガイさんが答えてくれた。


「確かに、あんたが何者なのか。俺たちにはわからねぇ。でもな、俺たちが信頼してるリーダーや罪希があんたのことを信頼してるんだ。なら、俺たちが信頼しねぇわけにはいかねぇだろ? それに俺も自慢じゃねぇが人を見る目、ってのはあるつもりだ。あんたはいいやつだよ」

「ガイさんに言いたいこと全部言われちまったぁ」

「俺も俺も」


 次々に飛び出す歓迎の言葉。俺はおもわず目の縁の涙を拭った。

 どうして涙が出てきたのか俺にもわからない。ただ、嬉しいんだ。

 そして、好きになってしまったんだ。自分のことを肯定してくれるこの人たちのことが。

 守りたいと、思ってしまった。この人たちには、死んで欲しくないと。

 多分、これは俺の自己満足だ。自分を肯定してくれる人を守りたいだけ。肯定してくれる人を失いたくないだけ。

 それでいいじゃないか。自己満足に人を守る。俺の戦う理由ってやつが、また一つ増えちゃったな。


「何泣いてんだよ。そうだ、リーダーがあんたのことを呼んでたぜ」

「さっさと行きな! 辛気臭い面見せんじゃねぇ!」

「そう、ですね。行ってきます!」


 彼らなりの激励。俺は確かに受け取った。

 ガイさんにザードさんの場所を教えてもらい、そこへ向かう。

 人が沢山いてわからないかも、と思ったがザードさんはすぐに見つかった。


「ガハハハハ、酒だ酒だー!」


 めちゃくちゃ目立っていた。むしろ気づかない方がどうにかしてる。誰よりも叫んでいた。はっきりいって、とてもうるさい。


「お、来たなレンスケ。飲め飲めー」


 そう言って酒を差し出してくるザードさん。

 俺はポリポリと頬をかく。


「あー、お酒はちょっと……」

「いいんだよ。法律なんてもんは今は影も形もねぇ。未成年でも酒は飲めるぞ?」

「……そこら辺のけじめはちゃんとしておきたいんです。ごめんなさい」

「真面目だねぇ……ま、しょうがねぇな」


 ガハハ、とザードさんは笑う。

 苦笑いを浮かべる俺に、ザードさんは「そうそう」と話を切り出した。


「明日の作戦のことは聞かないでくれよ」

「え、なんでですか? 大事な作戦なんですよね?」

「大事な作戦だ。でもな……」


 ザードさんは視線を、飲んで騒いでいる他のみんなに向けた。俺も、それにつられて視線を向ける。そこでは、ガイさんたちが、楽しそうに飲んでいた。


「明日死ぬかもしれねぇ。そんな世界なんだよ、ここは。大事な作戦ならなおさらだ。だからよ、あいつらぁ、悔いの残らねぇように騒いでんのさ」


 俺はその光景から目を離せなかった。目を逸らしてはいけない。この光景を目に焼き付けなきゃいけない。そう思わせるなにかが、あそこにはあった。


「俺もそうだ。今まで運が良かっただけ、次は死ぬかもしれない。だったら、悔いの残らないように騒ぎつくしてやろうってな」

「もしかして、罪希も?」

「さあな。あいつはほかのヤツらとは違う。なにがあっても、絶対にここに帰ってきやがる。一部じゃ、不死なんて噂も出てるくらいだ」

「それでも、罪希も人間です。怖いに決まってる。だからこそ、みんなで騒いで不安を消してやらなきゃいけない……ですかね?」

「なんでぇ、わかってるじゃねぇか」


 二人顔を見合わせて、クスクスと笑う。


「頼むぜ、あいつのこと」


 視線の先には、フィーネと話している罪希の姿。傍から見ればフィーネと罪希が楽しそうに遊んでいるようにしか見えない。あれ、完全に遊ばれてるよな、罪希。

 俺は苦笑いを浮かべる。


「頼まれちゃ、仕方ないですね」


 見ると、ザードさんが拳を突き出していた。

 俺もそれに合わせ拳を当てあう。


「俺たちになにがあっても、あいつを生かしてやってくれ」

「なに言ってるんですか。みんなで生き延びましょう」

「ガハハ、それもそうだな! おい、もう一杯酒を持ってこい!」


 大皿になみなみと注がれる酒。見るだけで酔いそうな酒の量だ。

 ザードさんはそれをいともたやすく飲み干してしまう。

 その様子を見ていた俺にザードさんが一言。


「飲むか?」

「飲みません!」


 すべては明日のために、悔いを残さないために。

 この人たちの覚悟は本物だ。決死の覚悟。そうまでして、ザードさんたちは自分たちの国を取り戻したい。

 なら俺に出来ることは、この人たちが死ななくてもいいように、戦うこと。

 機神なんて大層なものを持っているんだ。それくらい出来ないでどうする。

 新たな決意を胸に、俺はウーロン茶を飲み干した。

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