第三話「白き飛翔騎士」

 俺はグランキャリバーを構え、白い機体の出方を伺う。

 白い機体もすぐに襲いかかってくることもなく、様子を見ているようだった。

 俺は改めて、白い機体を観察する。

 空気抵抗を減らすためと思われる流線形の胴体。そして、非常に細身な腕と脚部。そして、手に持った高周波ブレードが僅かに震えていた。

 グランデルフィンよりも小型なその機体。とても動きが俊敏そうだ。グランデルフィンで追いつけるのか……?


「フィーネ、あれの情報なんかないか?」

「ああ、あれは今回私の潜入を手伝ってくれた子の機体よ」

「――えっ、じゃあ味方じゃん! はー、緊張して損した」


 白い機体から通信が送られる。表示されたのは、俺と同い年か、一つ下くらいの女の子。肩にかかるくらいの黒髪で、ボーイッシュな印象を覚えた。うん、フィーネに負けず劣らずの美少女だな。


「どうやら、作戦は成功したようね」

「そうね。助かったわ」

「礼はいらない。それよりも、あの条件を覚えてる?」

「……なんだったかしら?」

「とぼけないで。私はあんたを助ける。あんたはその機体で私たちを助ける。そういう条件だったはずだけど」


 あの、フィーネさん。俺にはまったく話が読めないのですが。というよりついていけてないです。

 俺がその旨をアイコンタクトで伝えようとするも、フィーネは画面の向こうの女の子に夢中で俺のことなんて見ていなかった。アイコンタクトって難しい。


「悪いけど、この機体のパイロットは私じゃなくてこの蓮介れんすけよ」

「……なに?」


 急に俺の名前を出すフィーネ。おい待て勝手に俺を巻き込まないでくれ。

 その旨を伝えるアイコンタクトも無為に終わる。コミュニケーションって難しいね。

 更に話は続く。


「蓮介が協力する、と言わない限りは協力できないわ」

「なるほど……つまり、力づくで従わせろと」

「そういうことね」


 自信満々にフィーネが言う。いや、だから勝手に話を進めないで!


「わかった。容赦はしない」


 そこで通信は途切れた。


「と、いうわけよ」

「何が!?」

「詳しい説明はこの際省くけど、あの子は相当腕が立つ……気をつけることね」

「ならなんで戦わせようとしたの!?」

「そうね……あなたの限界を、知りたいのよ。あなたがどこまで力を出せるか、ね」

「んな無茶苦茶な……」


 しかし、過ぎたことをあーだこーだ言うのは止めだ。ひとまず、目の前の相手に集中する。

 おそらく、手加減して戦える相手じゃない。こっちは素人で相手はプロだ。機体の性能頼りで勝てるかどうか。

 なんか、どんどんと思考が戦闘向きになっていってる気がするんだけど……気のせいかな?


「まあいいさ。難しいことは考えない。やれることをやる! いくぞ!」


 俺は翼を広げ、白い機体に突撃する。腕を振り上げグランキャリバーを一閃。


「遅いな」


 しかし何事もなかったかのように躱され、背後をとられてしまう! やっぱり速いか!

 白い機体の手には高周波ブレードを握られている。この、やらせるか!

 身を翻し、その一撃を避ける。が、背後から感じる衝撃。どうやら背面の装甲が少し抉られたようだった。

 掠っただけであの威力。まともに喰らいたくはない!


「グランスティンガー!」


 両腕を突き出し弾幕を張る。しかし、その狭い隙間を縫うようにこちらへ近づいてくる白い機体。なんて細かい機体操作だ、俺には真似できそうにないな!

 っと、感嘆してる場合じゃない!


「ッ、グランバスター!」


 左手を砲身に換装させ、白い機体を狙って撃つ。

 が、その全てを紙一重で躱されてしまう。なんて速さだ! 動きが速い上に操縦テクニックも高い!


「あの子強すぎない!?」

「誤算だったわ。さすが、飛翔騎士フリューゲル・リッターと呼ばれる反政府軍レジスタンスのエースね」

「異名まであるのかよ……っていうかそれを先に言っておいてほしかったかな」

「言う暇がなかったのよ」

「そうかぁ……?」


 なるほど……大空を自在に飛ぶ騎士か。まさにあの子にぴったりな異名だ。


「あれ、どこ行った!?」


 フィーネと話している間に見失ってしまったようだ。急いで白い機体を探すも、見つからない。見失った!?


「戦闘中に余所見?」


 真下から一直線に突っ込んでくる白い機体。ッ、しまった、もうそんな位置に!

 突き出されるブレードをグランキャリバーで受け止める。

 ホッとしたのも束の間、ギャリギャリと何かが削れる音が聞こえてくる。見ると、グランキャリバーの刀身が少しずつだが削られていた。


「うっそぉ!」

「あれはただの高周波ブレードじゃないってことね」

「冷静に解説入れてるとこ悪いけど、今結構ピンチだからね!?」

「あなたならなんとか出来るわよ」

「何その根拠のない無駄な自信!」


 ま、悪い気はしないけど。

 とりあえず、俺はこの状況を打破しなきゃいけない。そこで俺は、今までの情報をかき集める。ここで使える情報だ。それは、グランキャリバーの構成。

 グランキャリバーの刀身はエネルギーを圧縮して作られたもの。たとえ刀身を砕かれても再形成が出来る。ここで下手に下がれば、予期せぬ一撃をもらう可能性が浮上してしまう。下手にリスクを高めるより、ここは正面から行く! 斬られたらその時考える!


「なに……!?」


 女の子の狼狽する声が聞こえる。恐らく、正面から対するとは思わなかったのだろう。その動きに、若干の隙ができた。

 スラスターの出力を上げ、徐々に押し戻す。力比べなら、こっちの方が上だ!


「押し戻されるッ……!?」

「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおッ!」


 グランキャリバーを振り抜き、白い機体を弾き飛ばす。

 相手が動けないその隙に、左手をグランバスターに換装。

 そのコックピットにグランバスターを突きつける。


「俺の、勝ちかな?」

「……負けを認める」


 ホッと、肩の荷が下りた気がした。

 疲れがどっと押し寄せる。疲れた……ま、これでとりあえずなんとかなったかな。

 グッと伸びをし、安堵のため息を漏らす。いやー、なんとかなるもんだ!


「その、疲れてるところ悪いんだけどいいかしら?」


 バツの悪そうな表情を浮かべるフィーネ。

 悪いと思うなら、少しゆっくりさせてほしいところであるけど。フィーネがわざわざ言うってことは、それなりの話ってことか。

 俺は首を縦に振って肯定する。


「私たちがさっきまでいた場所はどこだったかしら?」

「そんなの、リクリエイトの施設に決まって――え、なんでそれを聞いたの?」


 まさか、とは言わないよね? ねぇ、なんで目を逸らすんですかフィーネさん!

 俺の頭の中に、最悪の結果が導き出された。

 俺は急いで周囲の敵影を探知できるレーダーを確認する。そこに映っていたのは、レーダーに映りきらないほどの敵影。それを見た俺は思わず天を仰いだ。


「……フィーネ、あの子に通信送って」


 すぐに表示される女の子の顔。その表情は少し疲れているようにも見えた。それもそうだ。あれだけの戦闘をしたあとなんだから。俺だって疲れてる。


「どうしたの? まさか、私になにか従わせたいことがあるの?」

「……何も聞かずにこれを見てくれ」


 俺は敵影が映っているデータを女の子に送った。

 始めは訝しげな顔をしていた女の子も、次第に顔を引き攣らせていく。ま、普通はそうなるよな。


「この数は、私でも経験したことがない……百機以上はいる!」

「だから、ここは一緒に切り抜けよう。えーっと……」

罪希つみき或羽あるば罪希よ」

「じゃあ罪希。俺が道を作るから、先導よろしく!」

「道を作る……この数を相手に?」

「ああ」

「出来ると、思ってるの?」

「出来る。このグランデルフィンなら」


 確証はない。それでも、俺には出来る自信があった。

 数瞬の間。罪希は、その首を縦に振ってくれた。


「……なら、あなたを信じさせてもらう」

「じゃあ、俺が道を作ると同時に全速力で飛ばしてくれ」

「了解」


 近づいてくる敵機。どうやら視認できる距離まで近づいてきたようだ。メインカメラからでも十分わかる大軍。一体この施設のどこにそんな兵力があるっていうんだか。


「フィーネ、を使う」

「あれ……わかったわ。好きにしなさい」


 俺はフィーネから受け取ったデータを脳内で展開する。必要な情報だけをピックアップし、繋ぎ合わせた。

 ……よし、いける。


「罪希、ギリギリまで引きつけてほしい」

「……本当に大丈夫?」

「大丈夫。俺を信頼してくれ」

「いきなり出会った男を信じろという方がおかしい気がするけど」


 うん、それは正論。ぐうの音もでない。


「……まあいいわ。こっちに手がない以上、レンスケを信頼する他ないわ」

「ありがとう」


 話している間に、敵機はどんどん近づいてきている。

 確かにかなりの大部隊だ。普通に戦ったら、物量で押し込まれる。でもな!


「悪いが、こっちは機神だ。並の機体とは一味違うぜ!」


 俺はグランキャリバーを右翼部にしまい、両腕をグランバスターに換装。

 前方に構え、翼を最大限展開する。左翼上部が開き、巨大な砲身が現れた。

 フィーネブラスター。そうデータには書かれていた。なんでフィーネと同じ名前なのかはあえて聞かないことにしよう。

 ターゲットをロックし、引き金に手をかける。できることなら死なせたくない。でも、俺にだって譲れないものがある!


「恨むなら、俺を恨めよ! ……くらえッ、アポカリプススマッシャァァァァァァァァァァァァァ―――――――――――――ッッッ!!!!!」


 三門の砲身から放たれたエネルギーが一つに合わさる。

 赤と黒が混じったような、混沌としたエネルギーが前方の敵機を巻き込んでいく。

 眼前で巻き起こる爆発。弾け飛ぶ機体の欠片。消え逝く命の悲鳴。

 直線状に放たれたエネルギーの奔流が、そこに存在した機体全てを薙ぎ払う。


「ついてきて、レンスケ!」

「……あ、ああ」


 その一撃は想像を絶するものだった。機神の一撃は、人の命を簡単にかき消す。分かっていたはずなのに、心が締め付けられる。

 俺は改めて、グランデルフィンに乗ることの意味を突きつけられた気がした。フィーネの言っていた望まない戦い。それは、こういう戦いなんだ。

 ……そうだ。俺は真実を知るためにグランデルフィンに乗った。そしてみんな、自分の譲れないものの為に戦っている。お互いに譲れないから、戦わざるをえないんだ。

 俺と罪希は全速力で戦線を離脱する。陣形を崩されたからなのか、追撃部隊がやって来ることはなかった。

 晴れない心を引きずりながら、俺は外の世界へと飛び出す。世界を知るために。真実を確かめるために。

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