第一話「その名はグランデルフィン」
周囲を覆っていた光が収まっていく。どうやら、もう目を開けても大丈夫みたいだ。
俺は閉じていた目を開き周囲を確認する。
「なんだよ、これ」
俺の目に映ったのは、いつも通りの景色ではなかった。
教室の壁は奇怪な紋様が彫られた無機質な壁に変わっていた。紋様は淡く光を放っていて、とても不気味だ。そもそも、ここが教室だったのかどうかすらわからない。
何より――
「刀真、なのか?」
先程まで目の前にいたはずの親友。その親友は……機械のマネキンと化していた。決して動かず、先程までの刀真と同じポーズをとっている。他のクラスメイトも同様で、動かぬマネキンと化していた。俺は思わず地面にへたり込む。
「なんだよ、これは」
歯がガチガチと震える。まるで、今までの自分を否定された気分になった。
俺は今まで、何と話していたんだ? 俺は今まで、何と生活していたんだ?
俺の中ですべてが崩れていく感じがした。今まで積み重ねてきたものが、一気に崩落していく。
気を失いそうになる中、俺の意識を繋ぎとめたのは、女の子の声だった。
「わかったかしら?」
振り向くと、そこには悲しそうな女の子が立っていた。そう、さきほど出会った翡翠色の女の子だ。彼女は、なに一つ変わってはいなかった。
そう、俺と同じように。
「……なんなんだよ、これは」
女の子に問いかける。女の子は、実に淡々と答えた。
「見た通りよ。あなたの見ていた世界、体験していた世界はすべて
「……嘘だ」
「あなたのために作られた世界。いわば、あなたにとっての楽園ね」
「嘘だと言ってくれよ!」
握った拳で床を殴りつける。
痛い。ズキズキと拳の先が痛む。
夢じゃなかった。ここは紛れもない現実だ。
いや、痛みを確認するまでもなくこれは現実なんだ。認めたくはないけど……認めざるをえない。
「あなたもわかっているはずよ。これは現実。今までの世界が夢だったの」
「そんなの……!」
わかってる。そう言いかけた俺の言葉を女の子の言葉が遮った。
「真実を知りたければ、ついてきて」
それだけ言うと、女の子はスタスタと行ってしまう。残されたのは、物言わぬマネキンと俺。
くそ、そんなの卑怯だろ!
俺は慌てて立ち上がると女の子の後ろについて行った。
「あら、ついてきたのね」
「まあな」
あのままあそこにいても何も出来ないしな。それに、あそこにいたら気が狂ってしまいそうだった。
俺と女の子は無機質な道をひたすら突き進む。
無言。それはそうだ。今日初めて出会ったばかりなんだから。
すると、前を歩いていた女の子が口を開く。
「そうね、まずは何から聞きたい?」
「全部、って言いたいとこだけどな。……そうだな。それじゃあ、ここは何処なんだ?」
「かつてはニホンと呼ばれた国よ」
「かつて……ってことは、今はなんなんだ?」
「なんでもないわ。国という概念はもうこの世界には存在しないのよ」
国が存在しない世界。ならその世界は、どうやって秩序を守っていると言うんだろうか?
「あなたの疑問は最もよ。世界は今、一つの統合政府により治められているの」
「勝手に人の心の中読まないでくれませんか!?」
「顔に書いてあるわよ」
そんなにわかりやすい顔をしてるだろうか。自分の顔に自信がなくなってしまう。
「統合政府には直属の組織があってね、その組織の施設の一つがここ」
「じゃあ君もその組織の?」
「馬鹿言わないでほしいわ。あんなやつらと一緒にされるのは心外よ」
「じゃあ君はなんなんだ?」
「あなた質問ばかりね」
「何も知らないからね!」
この子と話してるとどうも調子が狂う。
俺は思わずため息を吐いた。
「またあとで話すわ。今話すべきことじゃないから」
「じゃあ、どこに向かってるのか教えてくれないか?」
「そうね……さしずめ、あなたが世界を知るために必要なモノの在り処、かしら」
「長いな」
「私にも詳しくは言えないのよ。伝わる感覚を頼りに歩いているから」
「え、じゃあ地図は?」
「そんなものないわ」
呆れ返ってなにも言えない。でも、今はこの子について行くしかないわけで。
一抹の不安を抱きながらも俺は女の子について行く。
「着いたわ」
女の子が立ち止まったのは、一際大きい扉の前。
一体何がこの中にあるというのか。想像が出来ない。
「ついてきて」
女の子が扉に手を触れると、重苦しい巨大な扉が音を立てて開き出す。
「なあ、ここは一体……」
「言ったはずよ。あなたが世界を知るために必要なモノがあるって」
「それって――」
「これよ」
女の子が立ち止まったその先には、何も見えない。
いや、暗いだけでなにかがある。
俺はゴクリと唾を飲んだ。
「刮目して見なさい」
女の子が手を挙げると、部屋の照明がバン、と俺たちを照らす。
「これは――」
俺の目の前にあったモノ。それを見て、俺は開いた口が塞がらなかった。
「――ロボット?」
装甲の色は、全体的に赤を基調としているようだ。顔は口や目などの人間と似た顔つきではなく、まるでのっぺらぼうのよう。フェイスカバーに包まれているその表情をうかがうことは出来ない。って、ロボットに表情もなにもないか。
腕は、肘より先の装甲が厚めに作られているようだった。多少乱暴に殴りつけても、大丈夫そうだ。
そして特に目を引くのはその大きい翼だ。一見ただ平たくでかいだけに思えるが、それだけではないはず。何かが隠されている。そう思わせる翼だ。
足には鳥の鉤爪と思われるパーツがついている。とても威力が高そうだ。武器がなくなっても肉弾戦で戦えそうだな。
「そう、この世界では機神と呼ばれるロボットの一体。その名も、グランデルフィンよ」
「なんでこれを、俺なんかに……」
「今の世界は物騒なのよ。外の世界に行くならこれが必要。それに……」
女の子は俺の前までやってくると、頬に手を添える。
「この機体を扱えるのは、あなただけなのよ」
「お、俺だけ? それなんて冗談?」
「いたって大真面目よ」
女の子の声音が変わった。
「私がなんで、危険を冒してまであなたを楽園から解放したと思う?」
なぜ、か。
女の子にとって、グランデルフィンが起動することは大きな意味合いを持つということ。
そう、これはすなわち、利害の一致だ。俺は偽りの世界から解放され、真実を知ることができる。そして女の子はこのグランデルフィンを起動することができる。
だがそれは、あまりにも俺に得のある話だ。メリットが大きすぎる。
俺の顔を見て女の子はクスクスと笑った。
「わかりやすいわね。もちろん、ただメリットが大きいわけじゃないわ」
「それなりのデメリットがあるってわけだな」
「そうよ。ハイリスクハイリターン。グランデルフィンに乗る以上、避けられない戦いがあるわ」
そう言うと、女の子は一つの
「これを手に取ったら、あなたは否が応にも望まない戦いに身を投じることになるわ。それでも……」
「くどい」
「あう」
俺は女の子の手から操縦桿をとり、額にデコピンした。
「俺は知りたい。俺がなんで、こんなところで偽りの生活を送らされていたのか。この世界がどういう世界で、今何が起きているのか。真実を知りたい」
「全く……どうなっても知らないわよ」
女の子が指を鳴らすと、ロボットは膝をつき、胸のコックピットが開く。
その直後、グラッと床が震えたと思ったら、床板がそのまま宙に浮いた。
「お、おお……?」
床板は開いたコックピットの前で静止する。俺と女の子はコックピットの中に飛び移る。
中は思った以上に広かった。元々二人乗りなのか複座式になっている。
俺が前、女の子が後ろの席に座る。
女の子が座ると同時に、開いていたコックピットが閉じた。
「そうだ、君の名前は?」
「フィーネよ」
「グランデルフィンにフィーネ……なるほど。おあつらえ向きの名前だな」
「ええ、私はグランデルフィンの自立思考型パイロットインターフェースだもの」
「……まあ、今は深くは突っ込まないよ」
凄い気になるけどね! 今は聞くべき時じゃないと思うから。っていうかサラッと言ったよこの子。逆にモヤモヤしちゃうじゃん。
俺は深くため息を吐き、後ろを振り向く。
「で、
「その通りよ」
「にわかには信じられないけど……信じるしかないよな」
俺は正面に向き直った。
数回深呼吸をし、心を落ち着かせる。
――さあ、いくぜ!
「グランデルフィン、起動!!!」
俺は操縦桿を接続し、グランデルフィンを起動させた。
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